菊池寛には「屋上の狂人」といい、知的障害者を扱った作品が多いのですが、この「義民甚兵衛」もそのひとつで、また菊池寛の中で最もよい作品ではないかと思われます。意地の悪い、悪知恵に長けた母親や兄弟から、知的障害の甚兵衛は苛められるのですが、甚兵衛の間抜けな正直さが、知らぬ間にあっと驚くような復讐を母親... 続きをみる
Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春の新着ブログ記事
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名古屋人というものを知るためには格好の本でしょう。名古屋をこよなく愛する名古屋人の屈折した心情がよく書けています。熱烈なドラゴンズファンのタクシー運転手が、客から最近調子のいいドラゴンズを褒められると「あんなもんあかんわ。監督がアホだで。」と喜びを心中に押し隠しながら、素っ気なくそう応えます。名古... 続きをみる
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「資本論」に、こんな言葉がある。「人が、半年生きるということは、その半年分、死に近づいたということである。」これを読んだ当時、また、年齢を重ねた現在も、この物差しで測ったような年齢についての見解には、砂を噛むような人生を見せられている気がして、どうしても、釈然としない思いを抱かせられたものである。... 続きをみる
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巻頭に、「別れた妻そうしてまだ見ぬ妻たちへ」と書かれています。異才を放った伊丹十三の半ばどうでもよいと思われる話が、軽妙に語られていきます。女についての毒づき方は、彼の思慕する本当の女らしい女への求愛の方法なのでしょう。伊丹は、やがて女優の宮本信子と結婚し2児をもうけますが、マスコミに追い詰められ... 続きをみる
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大野晋、大岡信、丸谷才一、井上ひさしといった日本語の達人たちが、雑誌読者の日本語についての質問に、それぞれの個性が丁寧に応えた問答集です。「なす」の本来の正確な言い方は「なすび」、総理大臣が引き続き政権を担当するときなどの「続投」という言葉は野球用語、「結果論」という言葉も野球用語等々。われわれが... 続きをみる
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宇宙観を一変させたアインシュタインの相対性理論は、しかし、著者によれば、アインシュタインの天才をまたなくとも、見出された理論であったろうと言っています。科学者の理論というものが、どれほどその科学者の世界観を拠り所にして成り立っているものであるかをきれいに説明してくれています。ヒーロー扱いされがちな... 続きをみる
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法律の厳罰化傾向が続いている。法律専門のお役人方は、法律を厳罰化すれば、犯罪は減るとでも思っているようである。これは、簡単な算数なのであるが、法律が厳罰化されたお陰で、自動車によるひき逃げ事件がなんと増えていることだろうか。 人間の心は、算数では測れない。こんな単純なことも(じつは深過ぎる理なのだ... 続きをみる
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ベートーヴェンにしては、思わせぶりな曲だと長年思ってきた。 グールドもベートーヴェンのアパッショナータが何故あんなに人気があって名曲と言われるのか、訳が分からないとどこかで言っていたが、グールドの言うことは、半分眉に唾をつけて聞かないといけないから、素直に賛同はしていなかった。 それで、つい最近、... 続きをみる
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星や宇宙のことが知りたいと思う人には、うってつけの本です。二人の科学者が互いの情報をもとに、最新の星や宇宙の情報を提供してくれます。宇宙の卵は、原子よりも小さかったと語られるとき、わたしは思わず息をのみ、物理学によって提供される知見に圧倒されるような思いを抱いたものでした。豊富な写真や図柄も盛り込... 続きをみる
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読むと、気持ちが浮き立ち軽くなるような話を集めた本です。週刊文春に連載された好評のシリーズもので、本は十数巻出ています。上前の語り口は軽妙で、上質な現代の小話を聞いているような趣があります。ちょっとした感動を誘うものや、品のいいエスプリの利いたもの、実業家たちの武勇伝等々。読めば、自然と微笑がこぼ... 続きをみる
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リレーということで、常日頃考えていることがある。日本の文化歴史の特徴に、このリレーということが大切な役割を果たしているということがあると思うのである。 日本仏教の浄土教の法然・親鸞のライン。戦国時代の信長・秀吉・家康のライン。近くは維新期の吉田松陰・高杉晋作・西郷隆盛等のライン。つまり、日本の歴史... 続きをみる
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モーツァルトがとても好きである。 K551「ジュピター」はわたしにとって、本当に啓示だった。最初にモーツァルトに本当にふれたその高校生当時、世の中にこれ以上の音楽はあるまい。いや、有り得ないと本気で信じていた。今でも、半ばそうである。ジュピターは、未だに、ある強い感情を伴わないでは聞くことができな... 続きをみる
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青山は語り難い人です。何もしなかった天才といわれ、古美術の当代きっての目利きで、本の装丁もしていましたが、では何者かといわれると説明のしようがない人です。そこにいるというだけで本人や周りの人が確かな意味を持つという不思議な人でした。彼には数冊の文章がありますが、どれも彼の活眼が光る破格のものです。... 続きをみる
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自我確立が主題となっている小説です。小説の主人公は若い女性ですが、有名になることも俳優として成功することも、本当の自我を生きることにはならないと知っている女性です。彼女に言わせれば、それはティファニー(貴金属専門店)で朝食を食べることのように滑稽で無理な企てだということになります。自我確立とは何か... 続きをみる
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女流作家円地文子の名篇です。円地には源氏物語の名訳がありますが、長年、この物語に私淑した円地ならではの目が光っています。物語は、亭主から自分好みの若い妾を探して連れて来いと命じられる妻の話です。主人公の倫はこの夫の理不尽な要求に昔ながらの女として耐えてみせます。長年の心労の末、倫は足に病いを得て伏... 続きをみる
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経済学の基本的な考え方を会社という法人を軸にして、論じた本です。この書の中で繰り返される「法人というものは実に不思議なものである」という言葉には、経済学に長く携わってきた人の実感として、経済活動というものの不思議な実態を正確に捉えることがいかに難しいかをよく表しています。著者独自の「組織特殊的人的... 続きをみる
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大野晋は日本語学者ですが、その所論が学会の大勢からあまりにもかけ離れていたために、一時、学会からつまはじきされていたことがあります。この書は、研究者の著作としては珍しくベストセラーになったもので、日本語を問答方式によって、より深く理解する手助けをしてくれます。読み進むにつれて日本語の年輪が浮き彫り... 続きをみる
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「バカ」とは足りない人間のことではなく、跳ぶ人間のことである。「利口」は跳ばない。危険であることを知っているからである。 自分を振り返って、自身をじつにバカだと思うのは、わたしだけではなかろう。 危険を冒さなければ、人生に意味が生じようがないのも、また、事実である。 バカにつける薬はない。自分を省... 続きをみる
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「俳句の愉しみ」の姉妹編です。俳句は句会や吟行などをおこなって句作するというのが一番ですが、一人しずかに句作してみるというのも、また味のあるものです。どういう句が自分の好みなのか色々と句例を挙げて、読者にも句を選んでもらい自分の目の付け所を確かめてみるという工夫がなされています。読む者も思わず句作... 続きをみる
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俳句の好きな著者が、みんなを俳句の世界に誘おうと筆を執ったのが本書です。著者は専門の俳人ではありませんが、句作や句会というものがいかに愉しいものであるかを、専門の俳人の家まで出向き、実際に句会を行い自身の体験をまとめました。そうして、できあがった本書はこの日本古来の文芸が、知らぬ間に人と人との間を... 続きをみる
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錯視現象や色彩の心理テストから筆を起こし、話は、ゲーテの「色彩論」にまで及んでいきます。ニュートン光学に由来する通常の色彩論とは、まるで違う色彩についての論述に、読者は少々戸惑いますが、色彩がいかに豊かな意味合いを担っているものであることに、改めて気付かされることになります。ゲーテの色彩論は、いわ... 続きをみる
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思想と観念は、区別がまぎらわしいものだが、観念は単なる言葉であって、思想は何か別な高級なものと思われがちである。 これは、はっきりしておかなければならないのだが、思想も単なる言葉に過ぎないのである。もっと言えば高級なものでさえない。観念よりはるかに手垢にまみれた生臭いものだからである。だが、そこに... 続きをみる
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「猫のゆりかご」カート・ヴォネガット・ジュニア ハヤカワ文庫
SF界の文豪カート・ヴォネガット・ジュニアの中でも、もっともよく知られた作品です。水を常温で、氷のように固形化してしまうアイスナインという新物質が開発され、使い方を誤り、世界中の水が固まっていってしまい、人間も塑像のように次々と固まっていくというストーリーです。最後のひとりとなった主人公が、天に向... 続きをみる
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わたしの記憶があいまいで、この本だったかどうか不確かですが、九才で丁稚奉公から出発した自分の仕事の履歴を語り、一家を構えて仕事をするようになります。夜になると昼間あったことをしずかにかんがえてみる。そうすると本当はこうであったということがはっきりと分かる。松下という人が直に事や物に即して考えること... 続きをみる
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難解といわれるユングの著作の中でも、ユング心理学の初心者にはもっとも近づきやすい著作です。ユングの学問の骨格がほぼここに出揃っています。一般にフロイトの学問は精神分析学と呼ばれ、ユングのそれは分析心理学と呼ばれます。「一体に、心理療法家は何をしてもいいが、夢を分析することだけはしていけない」という... 続きをみる
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わたしは、モーツァルトの「レクイエム」が好きでよく聞くという人が、信じられない人間である。先日も、モーツァルトの「レクイエム」が好きでよく聞いているという人に出会ったが、わたしは、この人はモーツァルトという人と音楽をまるで知らないなと心ひそかに思ったものである。 安藤美姫だったと覚えているが、「レ... 続きをみる
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経営の神様といわれた松下幸之助は非常な警世家でもあり、世の中に警告を発し続けました。松下政経塾は実業家の片手間仕事ではなく、憂国の心からどうしてもたち上げたかったものです。その松下が、自分の経験を踏まえ世の中のためにという志を抱いて書いたのが本書です。松下は、どんなに忙しいときでもしずかにかんがえ... 続きをみる
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人を顔で判断するのがはやりである。地下鉄の週刊誌の広告には、これでもかというくらい顔ばかり載せている。 わたしは週刊誌や雑誌などを読む習慣がない。せめて、文藝春秋くらいはと思うのだが、今の冷笑主義の論調に嫌気がさし、読む気がしないでいる。だが、地下鉄の週刊誌の広告だけは、よく見る。 週刊誌などの雑... 続きをみる
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数々の目を見張るような超自然的な出来事が満載された本です。著者のライアル・ワトソンは、アフリカで生まれ育ちました。そのためもあってか、彼の発想は既成の学問の枠をまったく自由にはみ出るものとなりました。原初の人間に却って、本当の偉大な知性を見、未開の人々に文明人の及ばぬ知恵を発見するところなどは、そ... 続きをみる
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後藤清一は、松下幸之助から薫陶を受けた三洋電器の実業家です。題名の「こけたら立ちなはれ」は、工場が甚大な災害に遭って、これからどうなってしまうんだろうかと途方に暮れていたとき、松下から言われた一言です。ようやく災害の整理がついたとき、やはり松下から今度は、「立ったら歩きなはれ」と声を掛けられます。... 続きをみる
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森銑三は、図書館の司書を務めていました。博学多識の人で、特に日本の江戸時代を中心に、多くの優秀な文章を残しています。書中、鎖国の当時、遠く小笠原諸島の鳥島に漂着し、なんとしてでも、故国に帰りたいと祈願する人々の不屈の苦闘を描いた章などは、名篇です。著者は、なんの抵抗もなくその時代の中にスタスタと足... 続きをみる
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儒教の五徳でいけば、仁義礼知信と末端に位置する徳である。信は、それほど身近な普遍的な徳目であって、例えば、日常生活で、バスや電車に乗るとして、そのバスの運転手、電車の運転士を信頼していなければ、本当には乗れないはずなので、飛行機や船などは、なおさらそうであろう。スーパーで買う食べ物等、どれを取って... 続きをみる
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「ニーベルングの指輪」には驚嘆した。近年ない感動を味わった。この歳になって、こうした感動を得るとは、いや、音楽の世界はじつに広いと改めて感じ入った。 ワーグナーが好きで、ワグネリアンという人たちがいることは知っていたが、実際、その人たちの気持ちも分かるような気がした。音楽の表現力の、モーツァルトと... 続きをみる
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数年前のことだが、ある宗教的な人と偶然話す機会があった。宗教的とはいっても、わたしより年少の、どこから見ても平凡なサラリーマンという男性であった。 それで、その人は親鸞会に傾倒していたのだが、自分の生活をすべてなげうって、そこに所属し、信者を募っていた。 その人の言うには、自分が救われるということ... 続きをみる
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詩は生をつらぬく軸である 悲しみはかたちをもとめる声である 夏は去る 詩は真実の夢を紡ぐ器となりえるのだろうか
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武士は、二君に仕えずとは、頼朝の作った武士の倫理だった。それでは、その前はどうだったかというと、平安期の武士たちは宮廷や荘園や寺社などを自由に雇われ歩いていたのである。 では、貴族はどうだったかというと、菅原道真が左遷されたときなど、その配下の者たちもすべて零落していき、清少納言も定子が権力争いに... 続きをみる
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実存主義は、キリスト教または既存の宗教的な衣を脱いだとき、人々が抱く思想だと言われているが、わたしは異なった考えを持っているので、ここに書いてみたいと思う。 結論から先に言えば、むしろキリスト教こそ実存主義そのものだという考えである。思想において、何ものをも、前提としないという点では、東洋の方がむ... 続きをみる
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演奏は単なる解釈ではなく、高度な創造的営為であることが、このリヒター盤の「ブランデンブルグ協奏曲」で知られる。 ブランデンブルグには、他にも、ピノックやアーノンクール、レオンハルトのよい演奏があるのだが、(カザルス盤もあるらしいが、わたしは聞いたことがないので)このリヒター盤がブランデンブルグを演... 続きをみる
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古今にわたる世界中の冤罪事件を集めた短篇集です。時を隔てて出てきた証拠によって、無罪であることがはっきりと証明された数々の事件が、短編小説のように綴られていきます。著者は、別の著作の結びで、「事件というものが起きなければ、悲劇は生まれない。それが二十世紀である。」という有名な言葉を残しています。こ... 続きをみる
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「紫文」とは「源氏物語」のことです。この書は、宣長が紫式部は大略こういうことを言いたかったのだということを纏めたものです。有名な「もののあはれを知るこれ肝要なり」という文章が見えます。人生においては、「もののあはれを知る」ことが最も重要なことなのだと言うのです。宣長は、「もののあはれを知る」ことは... 続きをみる
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微妙な問題になると思うが、この言葉について、色々とかんがえてみたい。知っている人は、すぐにピンと来るであろうが、これは明治憲法で天皇の地位を定めた言葉である。 わたしは明治時代に書かれた文章を読むときよく思うのだが、明治時代というのは、良く言えば、重厚で大真面目、悪く言えば、肩肘張った大仰な表現が... 続きをみる
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シューリヒトの音 いったい、指揮者が変わるだけで、オーケストラの音は変わるのだろうかという根強い俗見があるが、その問いに答える目覚ましい実例が、シューリヒトであると言えると思う。シューリヒトが主に指揮した楽団は、パリ・オペラ座管弦楽団で、ヨーロッパでも一流のオケとは言えない。ウィーンフィルやベ... 続きをみる
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あるとき、ある高等学校の生徒さんの作文を多く読む機会があった。それを見ると、彼らがいかに<結果>というものに心を蝕まれているかを痛感した。 彼らの作文で、よく出て来るテーマを圧縮してみると、努力→結果という図式である。ほとんど、これ以外は考えようがないというくらい頑固にこの単線の思考を繰り返してい... 続きをみる
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戦後73年、明後日は終戦の日ということで、テレビや新聞では、戦争の特集をやっている。今のテレビや新聞の報道の仕方を見ていると、「戦争は不条理なもの、平和は条理に適ったもの。」そして「戦争は絶対悪、平和は絶対善。」という公式で括れるようだ。もし、本当にそうであるなら、こんなに結構なことはないほどの有... 続きをみる
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日本は自然の厳しい国である。夏は東南アジア諸国並みに暑く、冬は北欧並みに寒い。わたしと同年代の人は、日本を亜熱帯型(もしくは温帯型)モンスーン気候の国だと習ったはずだが、今は、どの教科書を見ても、そうは載っていない。 世界地図から見て、これほど小さな国であって、また、これほど地域によってバラエティ... 続きをみる
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頭の働きは悪く、無教養だが大金持ちの町人ジュールダンは、貴族になりたくてしようがありません。貴族の真似をして、じつにさまざまな習い事に手を出します。ついには、娘も貴族でなければ、嫁にやらないと言い出しますが、ジュールダンは、貴族のしたたかさに手もなくやられてしまいます。観客はその有り様に抱腹絶倒し... 続きをみる
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タルチュフは偽善者の代名詞となった劇中人物です。敬虔な宗教家を装い、金満家のオルゴン氏を夢中にさせてしまいます。他の登場人物たちは、もうすでにタルチュフの正体は、ほとんど見抜いているのですが、オルゴン氏だけは宗教的な高揚さえ、タルチュフに感じています。タルチュフはオルゴン氏一人に対しては、思いのま... 続きをみる
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かなり、以前の話で恐縮だが、あるアイドルの女の子が不倫をし、テレビなどを騒がせたことがある。その報道で流された彼女の不倫の仕方を見て、それをわたしなりに言葉に直してみると、「わたしは自分の自然な恋愛感情のままに自由に行動したいの。わざとみんなにも分かるようにもやってみる。それの何がいけないの。」と... 続きをみる
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運動はどのような運動であれ、それが継続されていれば、内的にソフィストケートされる。資本主義経済という大運動も、その例外ではあるまい。現代の日本では、それが資本主義経済に付随する特徴であった「速さ」として洗練された。 リニア新幹線は、そのもっともシンボリックな表現と言っていいもので、これが、確かに富... 続きをみる
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金というもの 金は現代、いつどんなときであっても数字である。そうして数字は魔術と非常に親近性が高いものである。それにしても、こんなに生臭い人間臭い数字はちょっと他には見当たらない。 また、金の魔術的な性格、例えば、1ドルが360円だったり、100円だったり、1億マルクだったりすることを思い合わ... 続きをみる
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特攻は、特攻隊員の側からしか見られないことが多いが、ここで、アメリカ側の兵士の心に、なるたけ寄り添ってかんがえてみたい。 最初の特攻攻撃を受けたとき、アメリカの兵士は挙って、クレイジーだと言った。だが、次々とやってくる特攻を見て、単なる狂気の沙汰ではないと悟ったとき、突っ込んでくる前に、打ち落とす... 続きをみる
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資本主義経済が人狼的な性格を持っていることは、「資本論」が指摘した通りである。産業革命は、まず、自国の下層の人々に刃を剥いた。「女工哀史」はつとに有名だが、現在の日本でも、例えば、トラックの運転手に「雪が降ろうが、台風が来ようが延着は許さない。」と迫るところによく表れている。 だが、資本主義経済の... 続きをみる
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マニフェストは俗に宣言、公約を意味しますが、旧来、「マニフェスト」とだけ言えば、この本を指しました。世界中の共産主義者の拠り所となった本です。有名な「世界のすべてのプロレタリアは団結せよ」という表明は、マルクスの個性的な発言というものではありません。読み進むうちに、われわれは何か行動を起こさなけれ... 続きをみる
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ルパンシリーズの中でも最も力の入った良い作品でしょう。作者のルブランは、最初モーパッサンのような作家を目指していましたが、作者の頭の中に、自ら創造した怪盗ルパンのイメージがどうしようもなくこびりついて離れず、また、ルパンシリーズの小説が多大な評判をとったこともあって、怪盗ルパンを書き続けました。作... 続きをみる
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ドイルは本格的な歴史小説も書きましたが、シャーロック・ホームズの名があまりにも大きかったために、その小説はあまり注目されることはありませんでした。晩年には、神秘思想にも凝ったりしています。この作品は、ホームズシリーズの中でももっとも長い、またもっとも良い作品でしょう。小説全体を覆う一種独特の怪奇的... 続きをみる
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現代では、理性という島に近現代科学の大建築が建っている。ほとんど、世界を制覇する勢力だが、理性の島の周りには未だに茫漠とした霧堤が広がっている。霧堤とは、わたしの比喩ではなく、カントがその著書の中で、言っていた比喩である。 この建造物をバベルの塔に過ぎないというのは、見やすい理だが、現代のわれわれ... 続きをみる
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ユング<イメージの心理学> ユングの自伝を読んでいると、ユングが人生を決定するような強烈なイメージに襲われるときは、それは、襲われるという言い方に相応しいものだが。 それを自分のうちに引き受けるのに逡巡する何日間やときには何週間かがあって、そのときには、ユングは鬱に近い状態に陥るのだが、そのイメー... 続きをみる
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鏡花のグロテスクな怪奇趣味が横溢した書物です。主人公の旅の男はある山の家で、美しい女人と出会います。その女人こそ魔界の主で、自分の色香に迷った男どもを次々と醜いけものに変えてしまいます。きよらかな心を持った主人公だけが、無事人間のまま山を下り、不思議だった経験を人々に語ります。鏡花の他の作品では、... 続きをみる
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江戸時代に取材した短編小説です。話の主題はたいへん重く、実の兄弟をやむを得ない事の成り行きからあやめてしまい、護送船に乗せられた男の話です。ここでも、やはり鴎外は自分の意見などを陳述していません。ただ、護送船の船頭にこの男は果たして、罪人と言えるのだろうかとお上に問うてみたいと思わせて、物語を終わ... 続きをみる
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鴎外の文章は剛直そのものです。まったく当たり前な文章法に従って書かれているにも関わらず、鴎外の強い個性と文章本来の持っている力強さがにじみ出てきます。この作品は、ある人物のひょんな通癖が巡りめぐって、一族もろともの滅亡にまで発展してしまうという皮肉な悲劇ですが、筆者は、ここになんの説明も加えていま... 続きをみる
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第二次世界大戦に取材した小説です。自身が一兵卒であった大岡は、復員兵となって日本に戻りますが、その戦争中、アメリカ軍の俘虜となります。その間の経緯については作者自身による別の大きな小説があります。この小説は、極限状態に置かれた人間の話です。作者と思しき兵士が、別の兵士からもらって食べた乾し肉は、人... 続きをみる
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歴史があるということは われわれがまさしく生きているという、そのことに他ならない。 〇 シルクロードからもたらされた夥しい異邦の文化を、無際限に取り込んで、消化してきた日本は、その地図上の形態からも人間の胃を思わせる。世界の胃。そのたくましい消化力は、いずれ、西洋文化やイスラム文化さえ... 続きをみる
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現在、日本のピアニストで、こんなに見事にモーツァルトを弾きこなせる人は、彼女くらいだろうと思って、好んで聞いている。協奏曲のアルバムの謳い文句には、Greatという言葉が使ってあったが、その言葉を少しも裏切らない非常な出来映えである。モーツァルトのピアノソナタのCDも、実にいい。 それにしても、こ... 続きをみる
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遠藤周作は大学に入る前に三浪しています。自分がいかに間抜けであったか、こと細かく書かれていますが、辛辣な苦味はありません。遠藤はここで若い人々に向け、学業が不調であっても、頭が悪くても決して落胆することはない、人生は長いのだから。元に、わたしという見本があるではないかと世話好きなカトリックの神父さ... 続きをみる
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新約聖書のシモンは、洗礼を受けてペテロと名乗りますが、三度キリストを裏切ります。鶏鳴三度の有名な話ですが、遠藤はそのキリストを裏切らざるをえなかった弱い普通の人間であるペテロを思い、その地を訪れ、そのイエスを裏切ったと伝えられている場所に立ち、なんとも言えない深い安らぎを覚えたと言います。日本のカ... 続きをみる
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武は儒教の洗練を受けてその人格形成力を増したと言っていいが、武は侍という言葉が示す通り、君に仕えるのがその本分である。従って、その人格は表立って主張されることを嫌う。 君に仕えるという現実の仕事の意味合いに、儒教は強固な足場を提供したのだが、その中で、作り上げられた人格は少しも分かり易くはなら... 続きをみる
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イギリスのユーモア小説です。少しばかり読み辛い、丸谷才一による翻訳文ですが、イギリスならではの野性的なユーモアや皮肉が、随所に散りばめられたじつに愉快な本です。物語は、気鬱に塞いだ男が家庭医学書を読み耽り、自分はたった一つの病気を除いて、あらゆる病気に罹ってしまったと思い込む所から始まります。世に... 続きをみる
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「女らしい女なら、向こうから逃げ出す。男らしい女なら、こっちから逃げ出す。」アンチフェミニストらしいニーチェの言葉である。 わたしはフェミニストであることを心掛けているから、女らしい女は追いかけることを、男らしい女は、受け入れることを信条としているが、なかなか事はうまくは運ばない。実際、男女関係く... 続きをみる
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豊かな色彩感覚に溢れた美しい小説です。自分が非常な美貌の持ち主であることに自分でも気がつかないような純粋な心情を持った女性と、寡黙だがたくましいアイスランドの美青年の漁夫との恋愛悲劇です。ロチは、さまざまな経緯をへて二人を結びつけますが、物語の最後で、美青年の漁夫をまるで海の女神が嫉妬したかのよう... 続きをみる
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宣長が「古事記伝」を執筆する際、研究余録として書かれた随筆集です。内容は国学を中心として、諸事万般に渡るもので、宣長の興味教養や思考の幅がじつに広く、また深いものであったことを窺わせます。書中、尚古主義とは正反対の思考や弁証法的な論法をきれいに叙した文章などが見えます。また、孔子という人物はけっし... 続きをみる
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美しく貴重な感情には、礼儀の衣が欠かせない。 〇 形式は、法則というよりも礼儀に近い。 〇 俳句の五七五形式、季語は礼儀そのものと言える。 〇 読書は、レコード針とレコード盤の関係に似ている。 早く読み過ぎても、遅く読み過ぎても何も分からない。... 続きをみる
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福井の方の年始行事に、弓打ち講というものがあるそうで、的に矢を放ち、その年の吉凶を占うものだそうだが、これは的に矢が当たらないときの方が、吉で、却って的に矢が当たってしまっては、凶事が起こるとされているそうである。 批評ということと、重ね合わせてかんがえてみるのだが、あまりにも的確で、息を... 続きをみる
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賢治は謎めいた詩人です。賢治の作品にはまぶしい光が散乱している感がありますが、その光がいったいどこから来ているのかまったくの謎です。また、初期の詩集「春と修羅」に見られるように、自我意識のにごりと格闘せざるを得なかった典型的な近代人であるにもかかわらず、どの近代人にも到達できなかった、いわば、底光... 続きをみる
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小林秀雄は福田恆存<つねあり>の人物を評して「良心を持った鳥のような人だ」と言っています。ボードレールは滅びゆく貴族階級を範にして自分の生き方にダンディズムを取り入れましたが、福田は日本人的な直感で、これからの時代は俗物的な視点が欠かせないとスノッビズムを創作態度の中に取り入れました。この書は、近... 続きをみる
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2018年サッカーW杯 日本対ポーランド戦での、日本へのブーイング試合。 あれこそ、本来の、古風な意味合いでの「やまとだましい」「やまとごころ」を持った日本侍選手たちの試合なのである。 「武士道」とは、だから、定義するのが、まったく困難な、じつに含蓄に富んだ言葉なので、一種の精神主義とは、一線... 続きをみる
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アメリカの作家ヘミングウェイの代表作です。メキシコの海で何日にもわたる格闘の末、小さな釣り船に乗った主人公の老人は巨大なカジキマグロを釣り上げますが、その獲物はサメに襲われて骨だけにされてしまいます。人間の不屈の営みとその報われない空しさを描き、世界から共感を得た名作です。ヘミングウェイはノーベル... 続きをみる
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福田恆存は現代の作家です。演劇、翻訳、評論など多岐に渡って活躍しました。シェイクスピアの翻訳でもよく知られています。この書はわたしにとっては忘れられない本で、浪人時代の精神的な支柱になったということもあり、このおすすめ本の中に入れました。現実は確かに不平等である。だが、不平等だからと言って不平ばか... 続きをみる
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日本の現代作家丸谷才一の軽快なエッセーです。これはわたしの好みも入りますが、この人の文章は小説よりも、こうしたエッセーのように軽妙なものの方が、生き生きとした精彩が感じられるように思えてなりません。たいへん博学な人で、博識を元にした知的遊戯の達人と言っていいかもしれません。それでいて、ペダンチック... 続きをみる
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原文は、とても立派な英文で書かれているそうです。西郷隆盛をはじめとして中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、日蓮らの短いけれど、じつに精彩に富んだ評伝集です。誰も内村が書いたように、これらの日本の傑物たちを書けた人はいませんでした。これは内村鑑三自身が代表的日本人だったからに他ならないという理由によるよう... 続きをみる
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歎異抄 たましいの奥底に墨で大書されたような文言 これはどんな人間のたましいにも応ずる 善人だろうが悪人だろうが 「たとへ、法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも」 「すかされ」という俗語が、肉体的に痛切と言っていいくらいの血の匂いがする なんという奥深さだろうか 親鸞の手振りや... 続きをみる
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知人が飼っていた「フクロモモンガ」を遊び心で描いてみました。 やはり、2015年に描きました。
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「和風美人2」をさらに加筆修正しました。 やっと、得心のいく絵になったという感じです。
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サリンジャーはユダヤ人の作家です。日本の禅文化の影響を色濃く受けた人で、巻頭言には白隠の「両手で打って鳴る音を片手で聞け」という禅の公案が掲げられています。サリンジャーは初めから、日本の禅文化に興味を持っていたわけではなく、アメリカで起こった、金持ちの家に生まれ、どこから見ても幸福そうだった青年の... 続きをみる
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自我形成 自我を形成するとは、周囲から自分が切り取られることである。自我は切り取られた傷口に沿って自分を形成していくものである 寒天からナイフで小さな立方体を切り取る。 要点は、その立方体の小片にではなく、切り取られたという、そのことにある。 そうして、再び周囲と新しい関係を築くこと。自我形成とは... 続きをみる
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問題 世の中の問題というものは、それがそのまま解決されることは、稀な事態である。通常はそれを問題とする必要がもうなくなったから、自然とその問題が解消されるという形をとるものである。われわれが、日頃頭の中で思い煩っている問題にしても同じことが言える。 ○ 内村鑑三 明治期以来、もっとも霊性的な人間と... 続きをみる
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※ほぼ、3カ月ほど中断しておりました。これからは、ぼちぼちUPしていきたいと思っています。<(_ _)> 理念は新語である。理念というものは厳密に扱われると、自分や他人を傷つけずには置かない両刃の剣となる。この理念というものは、キリスト教を代表とする、唯一神を奉ずる西洋諸国からもたらされた観念であ... 続きをみる
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宣長が、大著「古事記伝」を落成した年に書いた初学者のための手引き書です。宣長はここで、暇がないからといって、年を取っているからといって、また、才能がないからといって学問をしないのは、とても残念なことだ。学問は、暇がある人より、ない人の方が却って進むものだし、年を取っていても学問するのになんの差し支... 続きをみる
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梶井は宮沢賢治と比肩する童話的感性の持ち主だったと言っていいのですが、イマージュの鋭角的な強烈さでは賢治を上回っているように見えます。そうして、それが円満な童話的世界を破る裂け目となります。レモンの鮮烈な味と引き締まった造形美に爆発を見、美しい桜の木の下には動物たちの屍体が埋まっているのだと見る幻... 続きをみる
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中国の儒教教典五経の筆頭に位置する古典です。中国は不思議なお国柄と言っていいでしょう。「易」は占いの書物ですが、それを聖典として、しかも五経の最初に掲げているのですから。孔子は五十歳になって、はじめて「易」の本当の価値が分かり、これから人生の危機を回避することができるようになるだろうと言っています... 続きをみる
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当時、見掛けだけ大げさでロマンチックな小説が持てはやされていましたが、スタンダールはそうした小説を憎み、一見平板にさえ見えるような文章を用い、本当のロマンチシズム溢れる小説を書くことに成功しました。スタンダールは、この小説を自分の膝に親類の少女を座らせて、その少女に語るように口述筆記をさせて書いた... 続きをみる
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スタンダールは時代を越えてはじめて、その本当の価値が分かると言われるほどの普遍精神の持ち主でした。ただ、フランス人は非常に計算好きな国民性を持っていて、スタンダールもこの恋愛論の中で、恋愛を様々なタイプに分析、分類し、これ以外の恋愛というものは有り得ないということを言っています。有り得ないかどうか... 続きをみる
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親和力は化学用語です。ある物質と他のある物質とが互いに強く引き付け合う化学反応を指します。ゲーテはここで、どうしても互いに引き合って止まない人間同士の恋に例えました。一人は妻のある中年の男、もう一人は、その男を思慕する若い女性です。道ならぬ恋に悩む女性は、ついに絶食して自ら命を絶ちます。男も同じ方... 続きをみる
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ゲーテの幼少青年期の伝記です。占星術にも決して偏見を持たなかったゲーテは、自身のホロスコープを巻頭に掲げています。「ファウスト」に出てくるノストラダムスといい、ゲーテの実に広い教養の幅を思わせます。また、それらに溺れてしまうような人間でも無論ありません。世界精神と呼ばれるほどの人物の伝記です。われ... 続きをみる
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タッソーは実在した歴史上の詩人です。ここでは、ゲーテはタッソーに半ば成り代わってこの劇詩を書いている感がありますが、激情家で疑い深い性格の持ち主のタッソーが、まさに、その自身の性格の故に破滅していく物語です。ゲーテのタッソーへの感情移入は並々ならぬものがあって、劇の終わりにタッソーが縄に掛けられる... 続きをみる
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ゲーテ晩年の著作です。この書には「-あるいは、諦念の人々-」という副題があります。この本を読むキーワードになるような言葉かと思って読んでいますと、はっきりとこの言葉を語るのは、最初に出てくるヤルノという人物だけで、それもほんの少し登場しただけで、後は、最後まで彼の出番はありません。物語は、七十才で... 続きをみる
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「初心忘るべからず」や「秘すれば花なり」といったたいへん有名な言葉の載っている世阿弥の芸道指南書です。「美しい『花』がある。『花』の美しさという様なものはない。」「世阿弥の『花』は秘められている、確かに。」という小林秀雄の名文句によっても光を受けました。芸術に少しでも関心のある人なら、座右に置いて... 続きをみる
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ガリアは今のフランスです。この書は、カエサルが自分のガリアでの戦歴をローマの元老院に宛てて、非常な速さで書いて報告したものです。翻訳文はかなり読みづらく、また、カエサルの時を置かずに進撃して止まない行軍は、読む者に目まいを起こさせるような果てしない単純さを感じさせるものですが、この行軍の成り行きを... 続きをみる
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トルストイと比べると、ドストエフスキーの方がより現代的な小説家だというのが、一般的な見解となって久しいようですが、人物としては、トルストイの方が遙かに上回っているようです。ト翁という言葉はありますが、ドストエフスキーにはそうした言葉はありません。トルストイには、ドストエフスキーが書いたような芸術と... 続きをみる
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題名は、ベートーヴェンの有名なヴァイオリンソナタからとられています。トルストイはこの作品でクロイツェル・ソナタを徹底的に批判し、やがて、芸術一般を否定する強烈な思想を確立するに至ります。しかし、この小説で見せるトルストイの芸術家としての稟質は目覚ましく、夫が不倫をした妻をナイフで刺す場面などは、圧... 続きをみる