欧米人は、論を積み上げて、感情を抑え、思想的建築を作る 日本人は、情理を兼ね備えて、思想を語る 〇 欧米流の理念が、一切、取り除けを許さないのは、その理由に拠る その理念というものは、日本流であってしかるべきである 〇 平等、人権は、理念になり易い観念である だから、フランスで... 続きをみる
エッセイのブログ記事
エッセイ(ムラゴンブログ全体)-
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夏の台風は、迷走台風になりやすく、沖縄は、元々が台風銀座と呼ばれている地域である。 こうしたことは、至極、当たり前な知識として、少し日本の天候について知っている人なら、わざわざここで、わたしが言う必要さえ無いくらいのことである。 この不思議なほどの騒ぎようは、一体何であろうか。 よく、天気予報では... 続きをみる
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新約聖書には、イエスがその生前、弟子たちに対して「あなた方はわたしの弟子として、これからわたしの弟子になる人々の、その末席に座る者となる。」と、語る場面があったと、記憶している。 これは、弟子たちを蔑ろにした発言というものではなく、ヒエラルキー<階級的権威>というものを、引っ繰り返し、その立場を逆... 続きをみる
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ある日、市バスに乗っていたときのことであるが、あるバス停にバスが停まったとき、運転手さんが、急に運転席から降り、慌ただしく動き出した。 何事かと思って見ると、そのバス停には、一人車椅子の方が居て、バスに乗るところだったのである。 暑い日であった。運転手さんは、用意していた踏み板を昇降口に置き、車椅... 続きをみる
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最近、戦争中また戦後期の日本軍人の有り様について、声を大きくして、言える機会が増えた。 もっとも、象徴的だったのは、天皇陛下がインドネシアを巡幸された際、カリバタ英雄墓地を訪れ、献花されたことだったであろう。 わたし自身、陛下がこの地に行幸されるまで、その歴史については、まるで無知だった。おそらく... 続きをみる
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前の記事で、「これからはインド」という記事を書いたのは、インドには、この人という人物がいたからである。この人とは、他ならぬ現在の、モディ首相である。 国民総ID化というものを、やってのけて、それがじつに見事にインド経済の車輪を回している。 30年ほど前、わたしは、これからは中国だと言っていたが、や... 続きをみる
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ことばの力というと、よく、肯定的に捉えられがちだが、実態を見れば、人々はもっと否定的な面で、ことばの力に振り回されているようである。 例えば、おそろしい病気などの病名、癌とか認知症などの、人々が嫌忌してやまない病名を宣告されたとき、人々は病気そのものの実態よりも、はるかに、その病名にやられてしまう... 続きをみる
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前の記事で、ラマダンは健康に良いのではないか、ということを書いたのだが、これにはちゃんとした根拠があるので、そのことについて少し書いてみたい。 人間、大きく言って、人類は、大昔から飢餓と闘ってきた。日本も振り返ってみれば、天明、天保と大きな歴史から見れば、つい最近まで、大飢饉に見舞われている。 そ... 続きをみる
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イスラームでは、ラマダンという風習がある。 ラマダンの期間は、太陽が昇ってから沈むまで、一切の食事や飲み物、水も口に入れてはいけない。つばさえ飲んではいけない、口に湧いてきたら、吐き捨てなければならないというきまりである。 このラマダンというものは、イスラームで、慣れている人でも、相当に堪えるもの... 続きをみる
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前の記事で、経済政策のことを書いたが、書き終わって何か、釈然としない思いがした。時代時代の様々な経済政策について、その結果を云々したがるというのは、現代的な趣味を出ないのではないかという思いだった。 現代は、結果論というものがはびこっていて、政治家自身も、「結果がすべて」というようなことを口にして... 続きをみる
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わたしは、経済については素人だが、経済学者の言うことを聞いていると、人によって言うことがまるで違うということが、気になっている。 例えば、アメリカの貿易上の双子の赤字を解消したとされる、レーガンの政策<レーガノミクス>については、あれは赤字を誤魔化しただけで、まったくの失政だったという経済学者もい... 続きをみる
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日本人の議論に、決着を付けるのは結論ではなく、時間である 〇 「もう、時間になりましたので」どんなに、白熱した議論の最中であろうと、大概の日本人は、これで納得する 〇 時間などどうでも良いと、議論を戦わせていたのは、学生時代に限るようである 〇 また、日本人は、自分を... 続きをみる
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ご存じの方は少ないと思うが、日本の近現代に森銑三という人がいた。 この人は、図書館の司書をしながら、執筆活動をしていた人で、あまり目立たないが、とても優れた著作を残していて、特に日本の江戸時代の歴史については、誰も凌駕できないほど、熟れた知識を持っていた人である。 わたしは、「おすすめ本」には、上... 続きをみる
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空自身に意味はない 〇 空を観ずることに意味が現れる 〇 仏教は徹底した批判的宗教である 〇 認識において、釈迦の右に出る者はいない 〇 空は釈迦の巨大な発見である 〇 最新の物理学は、仏教と深い連関があるという、だが、科学の目は、けして、人間の目... 続きをみる
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わたしは、三十年ほど前は、「これからは中国だ。」と盛んに言っていたものだが、もう、中国の経済発展は、色々な事情から、見込めないような状況になりつつある。 強権主義が、大きな力を発揮した時代もあったが、それも人々が夢を見ることが出来た時代の話であった。優秀な大学を卒業しても就職ができず、20%の若者... 続きをみる
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名前をうっかり忘れてしまったが、古代ギリシアで、上記の題名の本を書いた賢人がいた。 およそ、人というのは、どんな時代であっても、人間としてのタイプというものは一緒のようで、この賢人によって書かれた、悪い方の性格のタイプは、すべて、この短い性格序説の中で、言い尽くされているようである。 〇... 続きをみる
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装った心は装いに惹かれる 個性を掴むのは個性である 本物は本物を掴もうとする では、本物は偽物を見抜くか これはしかし、言い切れるものではない 〇 歴史の実像、言葉に迷わされない方が良い 歴史はどの歴史であれ、今では、跡形もなく消え去っている 残っているのは、言葉と絵と映像、それも部分だ... 続きをみる
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青い川青い山より流れ来る 秀秋<ほしゅう> わたしの作った句で、この句は、最近の収穫だなと思っている。 青い山が季語で、季節は春である。 川の青を碧にしようかと思ったが、二つ続けた方がおもしろいと思ったので、そうした。 この句は、あるひらめきで、できた。郊外で見た、青空を映したきれいな川が、脳裏に... 続きをみる
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自我の強さと心の強さ、どちらを選べと言われれば、ほとんどの日本人は心の強さの方を選ぶのではなかろうか。 わたしは、とても不審なのだが、この二つのものを、同じものと見做す混迷した見解が、依然として、まかり通っているような気がするのだが。 前の記事で、個性の強さというものと自我の強さは、違うということ... 続きをみる
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わたしは、政治的には左派でも、しっかりしている人は認める人間である。例えば、市川房枝という人が居たが、わたしはこの人は立派な人物だったと思っている。 その市川さんは、民主主義には、権利と義務が欠かせないと、口を酸っぱくして言っていたものだった。 そうなのである。権利とか人権とかだけではなく、同時に... 続きをみる
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人物と呼ばれるような人は、ほぼ例外なく、個性的なものである。これは、どの国のどの人物にも言えることで、洋の東西の別はない。それで、欧米人を見ていて、不思議に思うのは、彼らの考えでは、自我確立することと個性の強さとを、どうも、一緒のものだと見做しているところである。 結論から、先に言えば、個性の強さ... 続きをみる
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じぶんが心の底から、感動したものというと、本とCDということになって、映画や食べ物などで、心から感動したものというものが、まったくといって良いほどない。絵画などは、わたしにとっては、その中間に当たるだろうか。 わたしの家は、事実、貧しかったのだが、7人兄弟中5人は大学へ行かせる経済力はあったから、... 続きをみる
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安倍晋三 総合的な実力者 菅義偉 寡黙な実行家 岸田文雄 幸運な堅実家 思うに、運も実力のうち
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手術などをするとき、体にメスなどで、傷を付けなけばならないことを、侵襲<しんしゅう>という。また、そうした傷が、やむなく、深かったり広かったりしたりすると、侵襲性が高いという言い方をしたりするそうである。 であるから、昨今では、手術で、患部を開口<これはこの用語で合っているかしらん>する場合は、で... 続きをみる
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世界でも、日本女性の良い評判については、今も尚、健在だと思うが、その日本女性のことについて、少しかんがえてみたい。 出しゃばらず、男を立て、勤勉でよく働く、そうしたステレオタイプのような、日本人女性の在り方について、わたしは言いたいのではない。 殺伐とした例で、恐縮だが、ある南米の国出身の男が、当... 続きをみる
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前の記事で、「愛」について、若干、言及させてもらったが、わたしはこのことばを単独で、使おうとすると、どうしても気恥ずかしい気持ちが起こってしまうので、今回も、括弧付きで、使わせて貰うことにする。 西洋の「愛」は対等か、対象が拡大された者への愛情と書いた。「汝の敵のために祈れ」というキリストの山上の... 続きをみる
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仁は、儒教で強調される徳目であり、慈悲は仏教で重んじられる徳で、両者とも、上から下に、言わば、縦に下る、自然な愛情表現と言って良かろうと思う。 仁は、為政者から人民に下される徳で、仁徳天皇の話柄は、そのことをよく伝えている。慈悲は、仏から人々に齎される徳で、やはり、上から下への、縦に下る愛情である... 続きをみる
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クラシック音楽がよくかかる、ある病院の待合室で、モーツァルトが聞こえてきた。聞き耳を立てると、ピアノ協奏曲20番第2楽章ロマンスだった。 この曲は飽きるほど、聞いたものなのだが、モーツァルトの音楽で、飽きがくるということは、K525以外には絶対にないことなので、そのときの、待合室はほぼ満員の状態だ... 続きをみる
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株価が、30数年ぶりに、主に、海外投資家たちの投機によって、三万円超の高値の水準に達し、日本経済はようやく景気回復への、足掛かりを得たようである。 ここで重要なのは、もう、二度とバブル期のような愚かな轍は、踏まないことである。わたし自身は、バブル期には少しもその恩恵に与らなかった、少数の偏屈者のひ... 続きをみる
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政治的な理由で、埋もれていた歴史が、最近になって、ようやく日の目を見るようになってきた。上掲のウズベキスタンのナヴォイ劇場建設の件も、そのひとつである。 太平洋戦争後、日本軍の多くの部隊は、ロシア兵に拘束されシベリア抑留になったのは、知られている。その兵士たちは、シベリアだけではなく、ウズベキスタ... 続きをみる
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インカ帝国やローマ帝国、またエジプト文明などは、石造技術については、驚くほど優れた技術を持っていたことについては、皆さん、ご存じの通りである。 わたしは、そのことについて、少し別の角度からかんがえてみたいのだが。この技術は概ね社会のインフラに集中された。インカなどは鋭角に切り取られた石さえ自在に使... 続きをみる
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ゴッホの絵は、非常に個性的なのだが、その自分の個性を誇るというような独りよがりな性質は、まるで見られない。 〇 むしろ、ゴッホの絵は、自分の強過ぎる個性と戦わざるを得なかった人の、いつ果てるとも知れない、生々しい自己超克の戦いの跡である。 〇 それが、単に、ゴッホの色彩の強烈さ... 続きをみる
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チャットGRTやらドローンやら、矢継ぎ早に出て来て、新技術の応接にいとまのないような、現今の状況だが、チャットGPTについては、少し書いたので、今は、ドローンについて触れたい。 ドローン技術については、すでに戦争で実戦に用いられているが、民間で使用するとなると、わたしは、山間観光地や僻地などで、ま... 続きをみる
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わたしが、大江健三郎さんのことを知ったのは、小林秀雄の著作を通じてであった。小林秀雄は、晩年、大江健三郎さんについて、少し書いた文章がある。それで、この人に興味を持った。 浪人時代は、大江健三郎の暗さが、ちょうどよくそのときの心境にマッチしたこともあって、就寝前に、彼の短編小説を読んでから、寝るの... 続きをみる
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チャットAIの生みの親と言われている人が、Googleを辞めたということで、話題になっている。 確かに、この技術は、社会にかなりの変革をもたらすであろうことは、誰でも、想像できるところだろう。ただ、その変革が、では、じっさい具体的にどのようなものになるのかということまでは、まだまだ、未知のままであ... 続きをみる
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シェイクスピアの劇は、どれも早く進行するという印象があるのだが、その中でも、四大悲劇は、特にスピーディであると言って、良いようだ。 総行数で、もっとも長いのが、ハムレットであり、もっとも短いのがマクベスであるが、どちらも、科白が、畳みかけるように流れていく。リア王やオセローも、この点、同断である。... 続きをみる
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チャットAIの規制の在り方が、現在、議論になっているようであるが、規制の仕方は、割合と、簡便であるように思える。 もし、反社会的な質問をするようなことがある場合は、そのチャットAIを、マイクロソフトがアカウントを停止させたように、ペナルティとして、しばらく機能を凍結させて、使えないようにすれば良い... 続きをみる
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先の記事で、リア王については、かなり短く済ませてしまったので、少し付け加えておきたい。 リアは、自らの愚かな振る舞いによって、王としての地位を追われ、権威も権力も財力も、そうした外形の諸力は、悉く剥ぎ取られ、狂気と正気の境さえさまよい、野にあって、ただの老人に過ぎなくなる。だが、劇の最後で、その裸... 続きをみる
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前の記事の補足で、これは、付け加えておかなければならないが。 国として、成熟した政体であるなら、民主主義政体に代わる政体は、他に、かんがえられないということ。また、経済活動においても、民主主義政体は、たいへん重要な役割をするということ。 この二つは、どうしても、言って置かなければならない必要を感じ... 続きをみる
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民主主義について、日頃かんがえていることを、少し、書いてみたいと思う。 民主主義政権が善で、独裁主義政権が悪だという、二元論的な図式には、わたしは与しない。地政学的な見方も、ひとつの視点というものを出ないもののように思っている。 わたしが注目したいのは、ある国が、国体として整っているかどうかという... 続きをみる
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シェイクスピアの四大悲劇で、わたしがおもしろいと思うのは、劇を推進させるそのものの原動力が、人間としての弱さに、拠っているということである。 「リア王」では、リアが最愛の娘コーディーリアからこそ、甘言を聞きたかったのだが、それができず、信用のならない二人の姉の甘言に、まんまと乗せられたことが、この... 続きをみる
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シェイクスピアの四大悲劇と呼ばれるものに、ドストエフスキーの諸作品を照らし合わせることは、よく為されることであるが、改めて、ここで照合してみたい。 「ハムレット」は「罪と罰」、「リア王」は「白痴」、「マクベス」は「悪霊」、「オセロー」は「カラマーゾフの兄弟」という具合で、確かに、これで間違いないと... 続きをみる
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これは、わたし自身の言い方となるが、この二人の作風の違いを、一度、比喩を使って表現して見たい。 シェイクスピアについては、スタンダールの故知を鑑みて、モーツァルトの音楽にも通ずる作風を持っていることから、 透き通った豊かな海の、明るく照らされた底が、間近に見え、その水深を尋ねると、驚嘆するような深... 続きをみる
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シェイクスピアの諸作品は、読み易い古典である。おそらく、世界の古典の中でも、もっとも読み易い古典ではないかと思われる。 これは、日本ではもう江戸時代から、翻訳本があったこと、また、とても多くの優秀な翻訳家たちが、挙ってシェイクスピアを翻訳して、洗練されて来たこと、それと、作品自体の性格として、こと... 続きをみる
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世界文学でも、重要極まりない、この二人の人物を並べて、上げてしまったが、一つの試論ということで、ご覧頂ければ、有難い限りです。 詩人としては、シェイクスピアの方が秀で、人間観においては、ドストエフスキーが優っていると、わたしは見ている。 シェイクスピアの比喩表現の卓越さは、どの詩人を持ってきても、... 続きをみる
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NHKで「FIRE」の特集をやっていた。FIREとは、フィナンシャル・インデペンダント・リタイア・アーリーの略語だそうで、要は、経済的に自立した早期退職という意味である。 この番組を見て、第一に、思ったのが、現代の会社員、特に、大企業で働いている人は、働くことに、お金以外の価値を、まるで見出せてい... 続きをみる
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理系文系という人間のタイプの分け方は、日本独自の分け方だそうだが、何故また、そうなるのか、よくかんがえて見たいところである 〇 前の記事にも、触れたのだが、この分け方は、その当時の日本社会の要請に拠ったものである。それが、今に至るまでも有効であるということは、日本社会がまだ、そうした人間... 続きをみる
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ユングは人間のタイプとして、まず、外向性、内向性と大きく二つに分け、その上で、理性、感情、感覚、直感という性格が、相互的に補い合うというタイプ論を、その著作の中で、打ち出した。 そうして、ユングは自分のかんがえたこれら人間のタイプは、けっして、絶対のものではなく、他に様々なタイプ論が可能であろうと... 続きをみる
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選挙カーがうるさくてしようがない。 あんなに、がなり立てる必要があるのだろうか。候補者は、どれもこうした点については、まるで進歩していないようだ。 言っていることは、どれも似たようなもので、ほとんど変わり映えもしない。政党が違うと言うだけである。 人々を、思わず立ち止まらせ、聞き入らせるようなこと... 続きをみる
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学び 多くの人は、自分より立場の低い人に対しては、教えようとしたがり、けして、その人から、学ぼうとはしないものである ○ 学びとは、まねびであり、真似ることである ○ 模倣こそ、創造の母に他ならないのであるが、このことを、骨身にしみて知っている人は、じつに、少ないものである ... 続きをみる
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学問とは、ものに行く道であって、自分に向かう道ではない ○ 自分を対象にして、道を踏み謬らないのは、ソクラテスやゲーテやルソーやユング、明恵や芭蕉のような選ばれた天才たちであって、われわれ凡人は、よろしく自分以外の何ものかに、向かうべきである ○ 自己実現ということばが、本家の... 続きをみる
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ゴッホは、アルルでゴーギャンと共同生活を送っていたが、ゴッホは事件を起こし、結局、ゴーギャンとの共同生活は、それで、解消することとなる。 事件というのは、ゴーギャンの方から、もう共同生活は止めようと切り出され、悲しみに耐えかねたゴッホが、自分の右耳を切り、それをきれいに拭いて紙に包み、知り合いの売... 続きをみる
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外交の専門家によると、国のトップ同士の会談というものは、よほど、前々から準備しなければ、首尾良く実現することは、困難だという。 今回、ほぼ同日に、二つの、世界で注目されているトップ同士の会談が実現したことについては、全くの偶然と見て良いだろう。 これが、何か、元々仕組まれたものだと見る見方は、一種... 続きをみる
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2023WBC 事実はマンガより奇なり ○ シンクロニシティだらけの大会だった 優勝するときは、そういうものなのだろう ○ 物事が成就するときは、さまざまな作用が働く その見本のような、大会だった ○ こういうのを、おもしろいと思わないで、 いったい、何が、おもしろいと... 続きをみる
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叡山で、智慧第一と称された法然が念仏を護持し、自らを、頑愚とした日蓮が題目を第一とした ○ 当時、仏教は単なる思想ではなく、人々の生き方そのものであったことを、念頭に置いておかなければならない ○ 天皇を神格化としたとされる「神皇正統記」は、日本の思想に拠ったものでなく、仏教を... 続きをみる
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今回の岸田総理のウクライナ訪問という勇気ある行動には、エールを送りたい。 だが、戦地では、勇気ある人が真っ先に命を落とす危険性がある。臆病者の方が、はるかに命を長らえるものである。 一国の総理大臣を、ここまで危険に曝す国を、どう思うのか、真剣に論ずべき問題である。 戦地に赴く総理に、外人の軍人らし... 続きをみる
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WBCはすばらしかった。皆さんとともに喜びました。 ただ、今日のマスコミの報道姿勢については、強く、苦言を呈したい。 いったい、自国の総理大臣を、報道の自由を良いことに、危険に陥らせる国がどこにあろうか。 何故に、岸田総理の秘密の行動を、地上波で、そのまま報道しているのであろうか。マスコミが、岸田... 続きをみる
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ドラクロワという画家は、歴史に、戦争しか見なかった人であったそうで、戦争の絵を描くのに、とても長けた画家であった。 かと思うと、平和そのもののような絵を描く大画家もいて、じっさいのところ、今の世の中自体も、戦争と平和とが、絶え間なく入り交じっているような、けったいな現状である。 わたしは、ごく若い... 続きをみる
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17才は、危うい年齢である。現在、当の年齢の高校生は、しずかなものなのだが、一昔まえは、17才限定で、暴れた時代があったものである。そのときの川柳で「ぼくは今十七だよと父に言い」というのがあった。17才というのが、父親に対する脅し文句だったのである。 また、どうなったか姿を見かけなくなったが、「セ... 続きをみる
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饒舌な人を好まないように、饒舌な詩は好まない ○ 人が打ち立てた壁は壊すことができる だが 神が打ち立てた壁は壊し得ない ○ 詩は、神や死に通ずるものでなくては、意味を成さないもののようである ○ フロイト「夢判断」 緒言「天上の神々を動かし得ざりば、冥界を動かさん」... 続きをみる
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各局の天気予報を見ていると、必ずと言って良いほど、平年の気温は何度でしたという情報が入る。 まるで、今年だけは、気温が乱高下しているという錯覚を抱かせるが、あれは平年を均した気温なので、緩やかに下降したり、上昇していくのが、季節ごとの順序として、当たり前である。 思うに、なぜ昨年はこんな風に気温が... 続きをみる
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5Gでは、中国のHUAWEIに水を空けられた感があったが、中国の政治体制に対する不信から、欧米などが中国製の製品を排除しようという動きが加速している。 もう一つ、中国製や他の北欧などの企業でネックなのは、5Gを導入しようとするとき、他の企業との互換性がなく、その選択した一社で、5Gの製品を揃えなけ... 続きをみる
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江戸時代の政治家松平定信には、次の言葉があるそうである。 君子は国を思ふ心あるべし、 国を思ふ言葉あるべからず わたしは、これを今風にもじってこう言いたい。 君子は世界の平和を願う心あるべし、 世界の平和を願う言葉あるべからず 君子の真似事も、ときに、良いものである。
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日本の企業が、世界で受け入れられているという事実は、技術が高いということもさることながら、宗教的な面で、まるで無風、つまり、背後に布教の意思をまったく持っていないことによる。 そもそも、日本人は自分の国柄の宗教を、併合下の朝鮮また中国を除いて、他国に持ち込むという歴史を持っていない。 日本の技術や... 続きをみる
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純粋理性批判 理性の理性に拠る批判 理性を理性によって批判することの、正しさと難しさ ○ カントの大きさ 国連が作られたのは、カントの発案に拠るものだが、今の国連の現状を見て嘆くのは、誰よりも、カント自身であることだろう ○ 国同士が連合するというアイデアは、とても優れたヴィジ... 続きをみる
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イスラエル人が開発した技術で、安価に水素を発生できるようになったと、NHKで報道していた。今までの水素の価格が、1/10になるという。 FCVの燃料電池車が、注目されていたが、車両価格が高価で、貴金属のプラチナを大量に使う必要があり、また、基本的に電気自動車のために、音がしずかなのは、また、それと... 続きをみる
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ワットという人によって、蒸気機関が考案されたのは、周知の事実だが、この蒸気をエネルギーに変換するというアイデアは、じつに見事な発見だったので、わたしは、もっとも大仰なことばで賞賛しても、仕切れないほどの、人類史上かつてないと言って良い、ニュートンの重力発見に比肩する、発見だったと、思っている。 こ... 続きをみる
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秀吉による刀狩令は、有名だが、わたしはこの破格の政令は秀吉の治世下でしか、できなかったものだと、思っている。 秀吉は、戦国の世ではめずらしく、できるだけ人を殺さなかった武将で、また、合戦はあまり得意ではなく、どちらかと言うと小田原攻めでも見られるように、知略をこととした戦術家で、あった。 信長が、... 続きをみる
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再び、欧米批判をすることになると思うが、どうか、冷静に聞いて頂きたい。 捕鯨が盛んだった頃、海の漁業資源は今と比べて、ずっと豊富だった。 わたしは、思うのだが、鯨のような海の生態系の中で頂点を為すような、大型の生物を、よくは分からぬ理屈で、捕ることを中止してしまって、久しいのだが、そのために、海の... 続きをみる
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お金は、その持つ人の色に染まる。 ○ ハムレット劇には、ネコの額ほどの土地のために、命を賭けて戦う兵士が登場する。現在の日本は、自国の領土である北方四島や竹島に、自衛隊員でさえ、指一本触れることができずにいる。今の法治国家日本の現状である。 ○ 欲望については、「金がすべて」 ... 続きをみる
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前の記事で、味噌のことを書いたが、あたらしいアイデアが浮かび、また、若干説明が必要だと思い、再度、書くことにしたい。 赤みそは血圧が下がる効果が見込め、しかも塩分濃度が低く、また、赤みその中でも、特に八丁味噌は、その効能が高い。(ちなみに、八丁味噌は二年ほど、経年期間を要する。) それと、これは東... 続きをみる
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数が苦手である。 以前、現金で払っていたときは、頭の中で計算して、いくら払えばおつりが細かくなくて済むか、すぐに計算できたものだが。 今は、カード払いに慣れてしまって、いざ、現金で払おうとすると、丁度良い数字が出て来ない。人間、やはり、数なら数用の頭を働かせないといけないようで、今は、ハクション大... 続きをみる
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「人間には、欲がありますから。」というようなことばを、会話の途中に、挟まずには居られない人は、往々にして、欲まみれな人間である場合が、ほとんどである。 ○ 「流れというものがありますから。」と、そのある流れから、自由であるような口振りで、喋る人は、どっぷりとその流れの中に、浸かっているも... 続きをみる
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味噌は、しごく扱いにくい食品だと思う。およそ、健康食品の中で、こんなに優秀で、長持ちのする食品は、他にないのではないかと思うが、あの粘着性が、玉にきずだと思うのである。 わたしは名古屋育ちだから、味噌は、きまって赤みそである。東京にいた頃は、信州みその白みそだったが、どうも口に合わず、また、あまり... 続きをみる
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このブログでは、よく、「閑話休題」という言葉を表題に掲げている。お気付きの方も、居られると思うが、これは、明らかな誤用で、本来、こうした使い方はしない言葉である。 文章中に使う言葉なので、表題に持ってくること自体が、じつは、おかしく、脇道に逸れたときなどに、話を元の本題に持って行くときに使う言葉で... 続きをみる
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たとえば 誰でも知っている「省」という漢字、これは日本語では、音二つ訓二つ合わせて四つの読み方があるのだが、すべて言える人は、結構稀で、むしろ漢字を習っている小学生の方が言えるくらいである。 正解は、皆さん方に、少し、考えてもらいたいので、後回しにしたい。 それから、 「素敵」という漢字、 なぜ、... 続きをみる
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吉田さんが聞いたという小林のことばには、付け足しがあって、「独創的な思想家などというものは」ということばが、補足としてあるそうである。 わたしは、その文章を読み、ああ、これは明らかに思想上の相違だ、どちらもこれは譲れないところだろうと、直感したことを覚えている。 というのも、吉田さんの意見としては... 続きをみる
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両者とも、評論家と言われていた人だが、小林秀雄は文芸評論家、吉田秀和は音楽評論家として名高い人物である。 どちらの人を取るか、と、言われれば、わたしの中ではもう決まってはいるのだが、少し、この二人のことについて、述べてみたい。 小林の「モオツァルト」はつとに有名だが、吉田秀和が若かった頃、やはり、... 続きをみる
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人というものを、広く見渡してみて、先ず思うのは、普通の俗な人々がいかに多いかということである。 現今の社会は、やたらと創造性を発揮せよとか、独創を重んじるとかいうのだが、さて、普通の人にそうしろと言ってみたところで、創造性も何もなく、生活態度も知識も知恵も、何も変わり映えもせず、旧態依然そのままで... 続きをみる
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この書のこととなると、わたしはじつに様々な思いに溢れ、1、2回の記事で終わらせるのは、嫌なので、再び、書かせてもらいたいと思う。 次兄が横入りしたことや、また、この書の良さをまるで分からなかった、長兄もいたりして、色々騒がしい事もあったが、この書自体のことについて触れられなかったのは、とても残念な... 続きをみる
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先の記事で、自分の兄がひねくれていた事を書いたが、ドストエフスキー自身が、また、たいへんなひねくれ者で、底意地の悪い人間だったことを、付け加えておかなければ、嘘になるだろう。 兄は読んでいないが、罪と罰のラスコーリニコフも、悪霊のスタヴローギンも、そしてカラマーゾフのイヴァンも、見掛けはなるほど、... 続きをみる
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自分の人生を、決定付けた本を挙げよと言われたら、わたしは、即座に上記のこの書を挙げる。 だが、この本は、わたしには複雑な、入り組んだといっても良い感情を喚起せずには、いない本なのである。 その入り組んだ感情を、自分自身整理する必要を感じるので、ここで、やや詳しく書いてみることにしたい。 わたしがこ... 続きをみる
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杉や檜で、作られた弁当箱のごはんは、冷めてもうまい。というか、却って冷ました方が、おいしい。米櫃は、その応用問題を解いたもので、これは、それら使われている素材が呼吸しているせいで、ごはんをちょうど良い湿気で、保つからである。 服も同じで、特に冬など、ウールなどでできた服は、皮膚をちょうど良い温度と... 続きをみる
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モーパッサン 若い女性 「その心は疑い深く、頭はよく働き、勘が良い。」 アラン 手相 「魔法使いに、手の内を見せることはない。」 ベルクソン 人類 「人類はまだ、自分の未来は自分次第だということを、知らないでいる。」 ドストエフスキー 人間 「人間は、どれだけ複雑に見えようと、根は単純なものである... 続きをみる
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ドストエフスキーには、芸術しかなかった。言わば、そこまで人間として追い詰められていた。トルストイは、芸術以上のものを欲した。人間として、ドストエフスキーより遙かに格が、上だったこともある。 ○ 芸術以上のものとは、宗教であり、思想であった。 ○ 東京裁判 正義に名を借りて、人間... 続きをみる
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わたしは、文章を書くときに、よく読点を使う。それも、自分で独特の使い方だと思っている。 例えば、文の終わりころ、短い動詞の前に、読点を置く仕方は、わたしの独創ではないかと、思っている。 つい最近のことだが、ネットで、このわたしの読点の置き方を、真似している文章に、出会した。 わたしは、良く本を読ん... 続きをみる
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わたしは中学生の頃、この書の言葉を、ほとんど金言扱いにして、読んでいたものである。兄貴たちの影響から、抜け出せていないときだった。 有名な、マッチ箱と人生とを絡めた警句などは、当時のわたしの胸に強く響いたものだったが、今、振り返って思うと、何と、すかした斜に構えた言葉だろうと、当時の自分の心持ちが... 続きをみる
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そういえば、あれほど教育界で勢力を誇っていた、日教組なる団体は、どうなったのであろうか。 評論家の亀井勝一郎の名前は、とんと聞かなくなった。 マルクスを、世界でもっとも影響のあった学者としたのは、イギリスの国際学会だそうだが、一体どうした了簡であろうか。 ミャンマーの内戦はどうなったであろうか。 ... 続きをみる
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人間は、生きているだけでは足りなくて、何よりも、生きているという実感を欲しがって止まない、不思議な生き物である ○ 生きているという実感 これは、さまざまな形をとるもので、時には、悪徳にさえなる ○ 生きがいが、見つかった人は幸運である ○ 大概は、生きがいというもの... 続きをみる
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よく思うのだが、関ヶ原の合戦は、何故に、ほぼ日本の真ん中で行われたのか。 源平合戦のときは、平家は、下関まで追い詰められている。もし、歴史というものが繰り返されるものであるなら、同じようなことが起こっても、宜しかろうに、関ヶ原の戦いは、どうしたわけか、日本の真ん中である。 歴史家という人々は、年代... 続きをみる
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これは、やや高度なことばの使い方であるが、詩や短詩型や絵などを創作するような方は、覚えておかれると良いと思うので、少し書いて見たい。 たとえば、こういう言い方をするとする、 しなやかな生き方 簡潔で、一見、良いように見えるが、じつは瑕瑾がある。ことばの意味というものに、頼り過ぎている言い方なのであ... 続きをみる
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小学三年の頃と、覚えているが、社会で日本史の授業があった。その頃、わたしは、自分の国の歴史というものについて、漠然とした敬意を抱いていた。 現代でも今なお、語り継がれている過去の人は、どんなに偉かったことだろうと、かんがえていたりしていた。 そこで、その歴史教科書を読むと、「誰それが誰それを憎んだ... 続きをみる
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シンクロニシティは共時性とも同時性とも訳されるが、ユングの使う意味では、「因果的に説明はできないが、意味のある偶然の一致」と、している。 これは、ごく素直に日本語に訳せば、「縁」である。「縁起律」は仏教用語で、だから、これは外国から来た言葉だと思っている人が多くいるが、元々、日本には、和語の「えに... 続きをみる
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最近は、俳句のことばかり書いているようですが、詩も作ってはいるんです。 ただ、わたしは、詩作の場合は、かなり時間をかけねばならず、何度も何度も、推敲するのが、当たり前になっていて、その合間にすると言っては何ですが、句作の方は、出来たらほとんど推敲しません。 何も、俳句を軽んじているわけではなく、こ... 続きをみる
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富士山のような、世界の中でも、最もうつくしいと思われる名峰があることは、日本にとって、大きな財産の一つであるし、この山を、実際に見たり、写真などで触れたりして、天を突かんばかりの高い志しを、その胸に抱いた日本人も、多く居ることだろうとかんがえたりする。 このような世界的な名山でなくとも、日本は至る... 続きをみる
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俳句が流行りである。民放の番組でやっているのが、人気だそうだが、エンターテイメントの俳句としては、あれで、良いのだろう。 ただ、ほとんど、その番組の宗匠の一存で、持ち上げられたり貶められたりする、参加している芸能人の皆さんが、少々、気の毒に思えて来るが。 俳句は、未だに、師匠というものが存在する、... 続きをみる
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わたしは、若いころに作った詩や歌を、よく、変えたりします。 次の短歌は、二十代に作ったものを五十代になって添削し、改作したもので、作った当初から、二重形容が気になっていたんですが、それを改めました。 夕日より思ひ焦がせる赤やあるなほ燃えんとす君の唇 宜しかったら、次の記事をご覧頂ければ、幸いです。... 続きをみる
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ずいぶん以前の事だが、こうした現場に立ち会ったことがあった。 小さな高校での話だが、京大出身で、湯川秀樹の研究室にいたというおばあさんの数学の教諭とか、地方の国立大学を出、名古屋大学の大学院で哲学科の修士を取ったという30前半の社会の男の教諭などがいた。 そのとき、わたしも新入りの教諭として、雇わ... 続きをみる
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英語 ダイレクトで、雑駁 仏語 正確だが、ニュアンスに欠ける 独語 廻りくどく、重厚 日本語 話し易いが、難解