エッセイ <お詫び>
前の記事は、わたしの勉強不足、考え不足のために、論が整わず、思い返して、削ることにしました。 niceをくださった方々、どうぞ、悪しからず、ご了承ください。
Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春
文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正
前の記事は、わたしの勉強不足、考え不足のために、論が整わず、思い返して、削ることにしました。 niceをくださった方々、どうぞ、悪しからず、ご了承ください。
人間性とはいいますが、これほど偉大でまっさらな心情を持った作中人物は他にいないでしょう。著者のセルバンテスは、この書のために、風俗紊乱罪で投獄されています。現代の視点から見れば、滑稽なほどの法律の乱用に見えますが、著者の有名な「ドン・キホーテは私だ。」という裁判での弁明の言葉は、その後の文学の脊髄... 続きをみる
※この記事は、少し分かりにくいと思いますので、「資本主義経済」というタグの中の「紙幣という形而上」という記事をご覧頂いて、参考にして頂ければ、幸いです。 一時代前は、通貨と言えば、貴金属だった。つまり、通貨は実質を持った価値を持っていた。国が滅んでも、通貨自身が価値を持つ財産だった。 しかし、資本... 続きをみる
シェイクスピアの作品の中でも、もっとも爛熟し退嬰的な気配の漂う、通好みの作品です。家来や召し使いたちは主人公たちより潔く、次々と自ら命を絶っていきます。残された彼らには、背徳の影が色濃く忍び寄ります。大人同士の恋愛悲劇とは、かくあるものかと、読者は、熟れ過ぎた果実をほおばるように、その頽廃した複雑... 続きをみる
よろしくお願いします。
第3楽章が有名なトルコ行進曲のピアノソナタであるが、わたしが注目したいのは、第1楽章のそれこそ出だしのところである。 とても単純で、きれいな旋律なのだが、わたしはここに、比喩になるが、何か異様なまるで大きく口を開けた怪物に吸い込まれていくような、または、底の知れない深淵をのぞき込んでいるような不安... 続きをみる
以前から、不思議に思っていたことがあった。 わたしのブログは、にほんブログ村では、中程度のランキングで、ポイント数もさほど多い方ではないのに、「おすすめ人物画」と検索すると、非常なサイト数にもかかわらず、わたしの絵がトップページに出て来た。今は、URLを変えてしまったので、そうではないが。 また、... 続きをみる
わたしはそれを地下鉄の電光掲示板で知りました それは瞬く間に消え まるで あなたからの短い伝言ででもあったかのように わたしの心をひどく騒がせました 入沢康夫さん あなたは現代詩を高みに引き上げた 難解な 模倣も追随も不可能な詩をあなたは残した わたしはすこしもあなたの良い読者ではなかった あどけ... 続きをみる
やっと、きちんと「にほんブログ村」に入ることが出来ました。(^^) 改めまして、みなさん、どうぞよろしくお願いします。<(_ _)> 一句 無知ゆえに五日掛かりてブログ村
「日本は狭い」とは、よく言われる言葉だが、わたしは日本は少しも狭くないというのが、日本に住む者の実感としてある。「狭い日本」とは、単に、世界地図を見たときの感想をいった言葉に過ぎないのではないかと思っている。 急峻な山々がそびえ立っているために、天候は日本海側と太平洋側とはまるで違うし、単一民族で... 続きをみる
この小説のモデルは、アウシュヴィッツの強制収容所で、自ら、ある男の身代わりになって、獄死したコルベ神父だとされています。一般社会では、愚図で愚鈍な男という烙印を押されていたこの神父は、遠藤周作の心を強く揺さぶり、この小説の得難いモチーフとなりました。まるで、敬虔なカトリック作家遠藤周作と人を笑わせ... 続きをみる
今まで、ちゃんと「にほんブログ村」に入っていなかったので、ちゃんと「にほんブログ村」に入るために、IDを変更したら、自分のブログを探すのに大わらわになってしまいました。(^^;) 一首 IDを1月終わりに変更すいかなるやらん無知なわたくし
うつつなき世をたのもしと思ほはばマタイ受難を聴くことなかれ カラマゾフ十七の春炸裂す 暑き日の地下への降下罪と罰 真の実在というものに出会いたい それならモーツァルトのジュピターを聞き給え
前に、このブログで一度触れたが、ドストエフスキーの「白痴」の中で、ナスターシャが大金の札束を燃やそうとする場面をよく見てみたい。紙幣が、金銀貨とは、まるで違ったものだということを象徴的に表現している箇所だと思えるのである。 バルザックの時代は金銀貨であり、それは、そのままで実質的な価値を持つ貨幣で... 続きをみる
社会というものを手っ取り早く、理解しようとする手段として、これほど、現代社会において、不思議なほど信頼を集め、いわば乱用されているものもないであろう。 こう問おう、社会とは何であるかをしっかりと知っている人間が果たしているだろうかと。古来、社会は怪物に例えられた。少しも古びたたとえではない。肝心な... 続きをみる
乙女より貰いたる雛棚の上仲良く二つ並び居るなり 短冊に書かれし一句流れ行き 航空機蚊ほどに遠く西の空
ちょっと気が早いですが、十数年前に作った短歌です。 春の日の風はふんわり桜連れ川辺の道をはんなりはんなり 蜘蛛の糸ひとすじそよぐ街灯下 夏の終わり斜陽の町を通りけり
十五分ほどのオルガン曲だが、わたしが始めて、バッハの音楽に触れ得たと思ったのは、この曲だった。この曲には、甘く人を酔わせるような音は一音もない。 学生時代、ある本で推薦されていた、この曲のレコード(当時はCDではなく、レコードだった)を買って聞いたときのことは、よく覚えている。いや、はじめて曲を聞... 続きをみる
「共時性、同時性」などと訳されるが、今ではユング流に「因果的には説明できないが、意味のある偶然の一致」と訳される語で、平たく日本語で言えば「縁」である。 ユングの考えの土台となっているのは儒教の「易経」で、縁は仏教用語だが、この東洋思想両者に共通する、事象がシンクロナイズするという現象は、西洋の学... 続きをみる
日本中世の王朝文学「とりかへばや物語」を、まったく新しい角度から切り込んだ河合隼雄渾身の性の劇です。男らしい女を男として、女らしい男を女として育てるという、この物語の趣向は、荒唐無稽なおとぎ話としての価値しか持っていなかったという頑固な常識的見解をはるかに越えて、論は進行していきます。性差とは何か... 続きをみる
新年あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします この世にはめでたき日ありお正月 新年や茫漠として光あり それぞれに纏まりつけてお正月
光とは明日を迎えることなりき時の流れは滞らずも 切れ目なき歴史を思う去年今年 大晦日テレビと過ごすひとり身や 皆さま、良いお年を。 ※最近は、俳句や短歌ばかり浮かびます。
きれぎれの思いのままに年は暮れ 名前は誰だか、調べればすぐ分かるのだが、ずいぶん前に「きれぎれ」という小説を書いて、芥川賞をとった作家がおられる。わたしは根が無精だから、調べずに書いているのだが。 こう書いてきたというもの、ある文芸同人誌に属していた20年前ほどのとき、わたしは「きれぎれ草」という... 続きをみる
纏まりの付かない文章になると思うが、一応書いてみたい。 イエスの誕生日が制定されたのは、三世紀頃とされている。聖書には、イエス・キリストの誕生日の記述がないことは、よく知られている。一年でもっとも日足のが短い日が、メシアの生誕日であったことにしたのは、西洋人の深い感情が込められているものと見て良い... 続きをみる
雪の朝午後には春の気を萌しバスはさながら夏模様 輝きはたれのためなるクリスマス ジーザスはかがやくメシアかクリスマス 冬至にてメシア生まれぬ人の子の ロマンとは人の世なるかクリスマス
見るたびに自分の姿は不思議なりまことに我かわれの模造か あんなにも人はくっきり見えるゆえ覚束なきやわれの姿は 見事なり女郎蜘蛛の銀の網 蝶を追い蝶のごとくに飛ぶ雀 蝶は生まれ血はすみずみへめぐりけり
この書は、現在、世界中の美術家の間で読まれている書物です。書中「日本人は障子に遮られて、生気を失った、死んだような日の光を愛した」という言葉は、撰者には、自分の日本人としての心の小暗い深所を、まるで懐中電灯ででも照らされたかのように、あっと驚いたものでした。日本文化を語るときには、欠かせない書物の... 続きをみる
わたしたちの数には死を連想させる「4」がある あなたたちの数には性を連想させる「6」がある そして 次の偶数は二つながら 末広がりと無限を連想させる「8」である まるで永遠の下に 死と性が潜んでいるもののようだ
日本の食パンは、とてもやわらかくて、うまい。素材自体の甘味さえ引き出している。テレビで、フランス人のある少女が、日本の食パンを食べたとき、「まるで、ケーキみたい!」と叫びながら、嬉しそうに大はしゃぎしている映像を見たことがある。 食パンは、素材の味を大事にする日本独自の文化から生み出されたもので、... 続きをみる
今では、黄葉は散り果ててしまいました。今年は「もみじ」が遅く、あまり鮮やかな色に撮れなかったのが残念です。もう、冬ですね。
一句 うまそうな柿のなりたる隣家かな
夕日よりつよくはげしき赤やあるなほ燃えんとす君の唇 ひとつ身を生きながらえて冬の蟻 雪原をきり裂いていく川ひとつ 軒の氷柱やや斜かいに見あげたり 春の雪光やどして降りにけり
今年の1月に、名古屋の都心部、地下鉄新瑞橋近くの山崎川で、撮れたカワセミです。 ただ、残念なことに現在では、山崎川は溝川になって濁ってしまい、カワセミの影さえ見えなくなりました。
ピアノ鳴る小暗き部屋に情念のほむらかがようロベルト・シューマン ヤナーチェク朱離鴃舌(しゅりげきぜつ)すプラハ春 半獣神口あけておる午睡かな 秋の夜たとえば耳を切るゴッホ ゴーギャンの赤罪の色夏の色
勤務先の近くの池で撮れました。 真ん中の白い線は噴水で、虹がかかっています。
いいあい いがみあい せめぎあい かばいあい みつめあい
この本は、受験に役立つ本ではありません。日本文学の脊髄を作り上げてきた文学を和歌に見、その歴史伝統について論じた本です。著者の着眼は正鵠を射ていると言っていいでしょう。著者の丸谷才一は、いままで、だれも気がつかなかったことに気がつくのが得意な人で、この本もそうした著者ならではの眼光が光っています。... 続きをみる
風はどうなっただろうか部屋は散らかっている 冬日差し鏡の国のアリスのみ逆さになりて書棚にありぬ 運命を暴君とよび冬籠もり 一灯に照らされ雪の寺しずか ファンヒーターごくりと灯油呑みにけり 俳諧をたとえば雪の降る日かな
モンシロ蝶は日向を好む アゲハ蝶は日陰を好む モンシロかわいい アゲハはきれい モンシロ浮薄 アゲハは玲瓏 モンシロパタパタ アゲハはヒラリ そこへミツバチやって来た ここは見知らぬ人の庭
司馬遼太郎が、各界の人物たちと文化、国家について縦横に語った対談集です。巻頭の井筒俊彦との対談が選者には、一番おもしろく読めましたが、それぞれに知的刺激に溢れた対談群です。司馬は国民的に人気のある作家ですが、その司馬の等身大の姿が見えてくる得難い書物です。司馬遼太郎は、単に人気があるだけの作家では... 続きをみる
すごいような夕焼け空の下人間たちのたましいに動物たちのたましいが忍び込んだ 月澄んで猫になりたい夜だった 批判めくしわぶき残し人去りぬ ひび割れし心にしみる風のありぬ 猿鉄条に病んで夜長し 壊れても目鼻ありけりピカソかな <無季>
歌人種田山頭火を描いたフィクションです。わたしの好みからいくと丸谷の中でもっともよい小説ではないかと思われます。「横しぐれ」という一語を文学史的に繙いていって、旅先で偶然出会った山頭火に「なるほど、これで十分なわけですな」と言わせます。「横時雨」はこの一語で成立している「うた」で、古来から歌の師匠... 続きをみる
ドストエフスキーの心理観察眼が縦横無尽に極限まで達したかと見える小説です。一人の未成年に語らせるという形式を取り、「悪霊」の直後に書かれ、「カラマーゾフの兄弟」への踏み台となったこの小説は、ドストエフスキーの最も得意な分野である複雑怪奇な心理世界を余すところなく書き尽くしているようです。小説の最後... 続きをみる
ドストエフスキーは、自身を省みて「私はあらゆることにおいて限度を踏み越える人間だった」と述懐しています。ルーレットにはまると、靴下まで賭けてしまうという始末でした。この作品はドストエフスキーが口述したことを筆記し、即製されたものです。借金を返すためのやむを得ない事情からでしたが、賭博者というものは... 続きをみる
武士道は、歴史的に見て、非常に発展性のある思想である。これは格別なことといって良く、世界的に見ても稀な思想と言って良いようである。 思想というものは、深くそれを考察するとき、原点に戻るのが本来である。キリスト教でもイスラーム教でも仏教でも儒教でもその原理は変わらない。言わば、最初にすべてが所与され... 続きをみる
現在、歴史家の間で、聖徳太子のことが取り沙汰されている。聖徳太子という人は居なかったという説が有力なのだそうである。 居なかったかどうかは、ともかく。ここで至極当たり前なことを指摘しておきたい。人間の心というものは、あるものをないとして考えるというときには、とても活発によく働くものである。だが、元... 続きをみる
丸谷才一は先年亡くなりましたが、現代小説家として、通好みの小説ファンが多かった人です。「小説家としては学問があり過ぎ、学者としては想像力があり過ぎる」と言われたほど博識な小説家でした。この小説はまだ女を知らない青年と可憐な生娘との初体験がテーマです。うぶ同士の若い男女の交渉はよく書かれていて、微笑... 続きをみる
夏座敷縁側降りる猫の子や耳をそばだて秋の音をきく 夜の秋窓より風のまたぎ来る 月天心とんがりおりぬピラミッド ランボーという男あり秋の夜 くったりと女ねむるやキリギリス しばらくは月を見ていし無人駅 永遠という観念の秋は深み
日なた日陰小春日和の散歩道 眺め入る空には秋や信号待ち 部屋を出でずこころ散らかる日曜日 <無季> 寒風にひとり吹かれて帰り道 雷鳴やひとり過ごせる部屋に風 レクイエム聴くよしもがなかの日にはモーツァルトは死にたりければ 聴くも良し聞かずともよしレクイエムモーツァルトは生きたりければ
ルソーの「エミール」にはこんなことが書かれている。「病院は病気を治すところではなく、病気をつくるところである」と。 現代医学の発達は目覚ましいから、現代では一概に、このルソーの言葉通りという訳にはいかないかもしれないが、未だに、ある真理を内包している言葉である。 わたしと同じくらいの年代の人は、お... 続きをみる
小型爆弾と言ってよい本です。「罪と罰」の直前に書かれました。ドストエフスキーは人物としてはとても意地が悪く、付き合う人々を困らせずにはいない厄介な人である上に、至極純良な心を持っているというじつに複雑な心の持ち主でした。「ぼくは病んだ人間だ。意地の悪い人間だ。」という出だしで始まるこの小説は、その... 続きをみる
18才の時に描いたものです。 この絵は、友人の間で不評だったので、30年余経って、少し描き直したものです。描いていなかった肩を付け加えました。
※この記事には、禁忌に属する事柄が少し含まれています。苦手な方はお読みにならない でください。 人間の深奥にある「信」の心は、神や仏などの絶対的な存在におくべきであろう。 これは昔から変わらない事柄である。 横道に逸れるが、日本では無宗教を標榜して、平気な顔をしている人がいるが、これは日本独自の... 続きをみる
小林初期の数十ページほどの短文です。初期の小林らしい江戸っ子気質が窺える威勢のいい啖呵を切ったような文章ですが、わたしは若い頃この短文を読み、どれほど勇気づけられ励まされたか知れません。この短文は最後にこう締め括られています。「良書は、どのような良書であれ、たった一つのことしか語っていはしない。君... 続きをみる
ヴァレリーは、ベルクソンやアランと並ぶ同時代の哲学者で、詩人でもあり批評家でもありました。明晰な純粋意識を徹底して実験して見せた『テスト氏』は、数学的な意識研究報告書といっていいものです。『ドガ・ダンス・デッサン』では親交のあった画家ドガの言葉をモチーフに、批評文のあらゆる可能性が試され、深遠な哲... 続きをみる
ムハンマドは40才まで、勤勉な商人として働いていました。あるとき、神の啓示を受けコーランを書きはじめました。イスラーム教は、日本から心理的に最も遠い世界的宗教ですが、信者は世界で17億人以上を数えます。コーランは、ムハンマドの口を借りて直接神が語りかける体裁をとっています。ムハンマドというまったく... 続きをみる
猫じゃらし思い思いにクビ揺らし 霧雨やすっと立ちたる赤き花 もみじ葉やアスファルト上二三枚 心病みてむさぼるごとく月を見し 心病めど澄み渡りたる名月や 人形の首のみ取れしさびしさよ 雨上がり沈む西日のすごきかな 春深み小さき花や線路わき
2015年に描いた「ニーチェ」です。 ニーチェの本はよく読んだ方だと思いますが、じつはわたしはニーチェが苦手です。「きれぎれ草」にも少し書かせてもらいましたが、ニーチェの文章には強い感電力を感じてしまい、長く読み続けることが、わたしにはむずかしいです。 この絵は少し悲劇的なニーチェになったと思いま... 続きをみる
精神と脳との関係は、パラレルではないことを結論づけた哲学史上画期的な論攷です。ベルクソンはこの著作のために長年失語症の研究を行いました。その知見の上で、脳は現実世界に対する注意の器官であって、記憶を司っているのは精神であると述べ、両者は確かに密接な関係にあるが、決して厳密な対応関係にはないと論じま... 続きをみる
重厚で難解な著作の多いベルクソンの中では、比較的軽いと言ってよい論考ですが、ベルクソンの並外れた直観力と鋭敏な分析力が十分に味わえる「笑い」についての卓越した名著です。笑いの本源的な勘所を「こわばり」に見、この一見なんでもないように思える言葉を取り上げ、するどくたくましい分析力によって笑いの本質そ... 続きをみる
シェイクスピアの作品の登場人物の中では、年齢が特定されている人物は数名ほどですが、ジュリエットはその中でもはっきりと十四才とされています。これは真剣な恋愛をするのには十四才で十分だということを物語っているようです。この「ロミオとジュリエット」は、悲劇と喜劇との境を紙一重の差で行き来するように見えま... 続きをみる
シェイクスピアのギリシア政治劇です。「ブルータスお前もか。」の名台詞が見えます。シェイクスピアの中ではもっとも男らしい剛毅果断な悲劇と言っていいでしょう。作中「あの男はおそろしい、何を考えているか分からぬ。あの男は痩せているからだ。」という文句は、後世の心理学者クレッチマーを刺激して、今でも人々に... 続きをみる
シェイクスピアの作品にはおよそ必ずと言っていいほど原作となる種本があるのですが、この劇には筋となる種本がないそうです。まさしく真夏の夜に見る夢のような筋書きのない劇が進行します。劇が終わった後には、じつにあざやかな夢から覚めたような気持ちにさせられます。シェイクスピアは詩人としてその経歴をスタート... 続きをみる
シェイクスピアの前期の喜劇です。シェイクスピアと言えば、ハムレットなどの四大悲劇を中心に考えますが、この見方は、実は、ロマン主義文学台頭の時代以降のもので、それ以前の時代のシェイクスピア観では、中期の四大悲劇よりも、前期の喜劇の方が、優れているとされていました。この「お気に召すまま」では、人間は自... 続きをみる
戦後思想を代表する著者が、晩年、若い人に向けて書いたエッセーです。いわゆる処世法と言っていいものですが、世にいう処世術とはひと味違います。吉本の長年に渡って、戦後思想に心を砕いてきた思想家としての裏付けがあるからでしょう。雅俗が奇妙に混交する著者の思想が、ようやく晩年になって、得心のいく表現法を見... 続きをみる
戦後を代表する総理大臣吉田茂は、第一級の政治家だったと言っていいでしょう。この書はその吉田と交友のあった今が、慎重に公平な視点で描いた等身大の吉田茂像です。著者の今は親友の小林秀雄から吉田のことを菊池寛と似ていないかと聞かれたとき、「うまそうな葉巻を吸っていたから、一本くれと言ったら、くれたよ。そ... 続きをみる
永遠は取り付くしまのない、のっぺらぼうのようなものであってはいけない。例えば、それは肌に染み込んでくるような、海に沈む太陽でなければならない。 〇 おそらくは数学の上での最上の遊戯である将棋 〇 言葉は死なねばならない 意識の尖頂から軽やかに身を投げねばならない そうであればこ... 続きをみる
大人物トルストイの幼年期の溌剌とした感受性を伝える得難い名著です。トルストイの父母は、トルストイがごく幼いころ、死に別れしましたが、貴族の家の中で、なに不自由なく育てられたと伝記は伝えています。ここには、幼年時代の少年らしさが、まことに飾り気なく、まっすぐな幸福感に満ちた感情で表現され、後年の苦悩... 続きをみる
銅版に描かれた猫の絵 呪いをかけられたように厳かに 不可能な一歩を踏み出そうとする 〇 きよらかな秋の午後 駅前の... 続きをみる
キリスト教の人格形成力にはたいへん力強いものがある。マザー・テレサの例を見ても分かる通り、往時の勢いは衰えたとはいえ、未だに、聖女を輩出する力を持っている。最近の例では、アメリカの前大統領のブッシュであろう。この劣等生の飲んだくれを超大国の大統領まで押し上げたのは、まさしくプロテスタントの人格形成... 続きをみる
幸福な人間は、自分が幸福である理由を深く尋ねようとはしないものだが、不幸な人間は、自分がどのように不幸であるかを良く知っているものである。その人は、そこからその人自身の独特な人生観を作り上げる。 〇 精神にとって肉体を侮蔑することほど易しいことはない。難しいのは肉体の声を正確に聴き取る繊... 続きをみる
高橋義孝は、ドイツ文学者です。フロイトの主著などの名訳があります。相撲がたいへん好きな人で、晩年には横綱審議委員なども務めています。この本は、その著者が日頃の雑感を集めたもので、「わたしは、一日に一度は辞書を開かない人間を信用できない」という言葉から、著者の並々ならない言葉への愛着が感じられます。... 続きをみる
美しい矛盾というものがある。人間存在の退っ引きならない必然性から、緊張感を持って発せられた矛盾は美しいものである。現代人は矛盾と言うだけで、すぐ不合理だとかとやかく言いたがる。嫌な時代になったものである。抑も、「矛盾」の出処が韓非子という人間不信の冷血漢であったことを知らないでいる。これでは、古典... 続きをみる
聖書には考えさせられる思考が多くあるが、その中でも、イエスが神の永遠性について言うとき、帰納的に考えているのが注意を引く。 神は、アブラハムの神であり、ヤコブの神であり、イサクの神であった。従って、神は同じ一人の神であり、また永遠であると。 確かに、神を考えるとすれば、人間の分際で、それをまったく... 続きをみる
林達夫はフランス文学者で、まとまった著作がほとんどない人でした。この書物も、雑多な文章を集めたものと言ってよく、どれも書き流された感がありますが、そのために発想は自由で自在、ときにきらめくような文章に出会います。哲学者の三木清とも交流があり、その経緯を書いた文章が他の書物に見えます。日本のモラリス... 続きをみる
ゼルキン&アバドのモーツァルトのピアノ協奏曲集を聴き込んだ。ゼルキンは亡くなってしまったが、これが彼の最も良いモーツァルトの演奏となったようだ。ゼルキンはモーツァルトのピアノ協奏曲は弾くのだが、モーツァルトのピアノソナタの方はほとんど弾いていないようで、わたしは寡聞にして知らない。あんなにモーツァ... 続きをみる
村上の処女作です。ねずみと呼ばれる奇妙な男が登場しますが、曰く言いがたいリアリティーを持った男です。「羊をめぐる冒険」でも、やはりこのねずみが登場するのですが、村上の内面の心と切っても切れない関係を持った物語上の登場人物であることは、論をまちません。その内面の分析よりも、むしろ、その風の歌のような... 続きをみる
この小説も二つの物語が、同時進行します。ユニコーンと言われる一角獣の骨の標本が、二つの話をつなぐ支点となっていますが、両話がどう繋がっているのかは、読者の判断に委せられているようです。ハードボイルドと静かな物語。ここで、村上の言いたかったというようなことを憶測するのは、野暮というものでしょう。村上... 続きをみる
ある意味で、勧善懲悪的な物語と言っていいのですが、村上の語り口には、真新しさがあります。かなり残酷な場面が精細に描かれるのですが、読む者は、むしろ、目を背けることなく、作者と一緒になって、そうした場面が展開していくのに見入ってしまうようです。物語が終わった後は、明るい悪夢から目覚めたような気にさせ... 続きをみる
名前は忘れたが、わたしの心の中で、良く思い出されるある女流作家の言葉がある。 「自分は、モーツァルトやベートーヴェンになれるような才能はない。だから、作家なんていう商売は辞めて、人生を楽しもうと決めたのだ。」と 人が自分で決めた人生のことだから、とやかくいう義理はないのだが、この言葉を聞いて何か釈... 続きをみる
15才の少年が主人公です。猫と話せる中田さんも忘れがたい副主人公です。村上の文体には明るさがあります。これは、村上の確固とした人柄から直に来ているもののように感じられます。この「海辺のカフカ」では、フロイトやユングの深層心理学から得られた知見を十分に活用し、それを間然とすることのない物語に熟なして... 続きをみる
ノーベル文学賞との噂の高い、村上春樹の初期の作品です。読む人の意表を突く巧みで斬新な比喩と、テンポの良いきびきびとした文体を用い、読む者をファンタジーとリアリズムの交錯する世界に引き入れます。村上ワールドと言われていますが、およそ、日本の近代文学には、その著者の家風に馴染まないと、読んでいけないよ... 続きをみる
田中美知太郎はギリシア哲学が専門の哲学者です。この人は、実のところ、ソクラテスにしか本当の興味を抱かなかった生まれながらの哲学者だった人と言っていいでしょう。プラトンの著作の数多くの名訳があります。剛直な論理の使い手で、西洋哲学を自分のものにするためには、三段論法を本当にしっかりやらなければならな... 続きをみる
人間は、心の中でじつに多くの逃げ場をつくるものだが、その最たるものは、死の観念であろう。”死”ではなく死の観念である。 ラ・ロシュフーコーだったと記憶しているが、死を本当に思うことは、太陽を見つめ続けるのと同じく人間には、本来無理な仕業であると言っていた。 現今、ドクロのア... 続きをみる
この歴史には、固有名詞がまるで出てきません。柳田は、ある特別の人物に焦点を当てなくても、歴史を書くことができるという信念のもと、「常人」と柳田が言う普通一般の人々を考察の対象とし、見事に明治から大正にわたる歴史を書き上げました。書中、「日本人は開国以来、軽度の興奮状態にあるのではないか」という言葉... 続きをみる
ライシャワーは、もっとも有名で人気のあったアメリカの駐日大使でした。日本人よりも、日本のことをよく知っているのではないかと思われるくらいの日本通でした。この書は、そのライシャワーがどのような立場にも偏らず、ことばの確かな意味で客観的に、日本人についてその良否両面を明確に申し立てた、見識の高い日本人... 続きをみる
菊池寛が、同郷の偉人弘法大師の「十住心論」を学んで書いた書物です。菊池は、真言宗弘法大師の特に「即身成仏」の思想に注目します。これは、人間に非常な勇気を与える思想ではないかと感服します。菊池は、「弘法大師の小説も戯曲も書けなかった。しかし書こうと努めたおかげで、弘法大師のことをいろいろ知ることがで... 続きをみる
本当の著者は山本七平だと言われていますが、名著として名高い日本人論です。ユダヤ人から見た日本人という奇抜な発想がとられています。この書の中で、ベンダサンは日本人の思考法に触れ、パチパチ珠を弾くソロバンになぞらえて、日本人は頭の中に語呂盤を持っていると言っています。論理思考よりも直感的な思考を得意と... 続きをみる
失恋の深い心の傷手をどう癒やしたらよいのか。この人間にとって永遠の課題に唯一応えられる書物が本書でしょう。この書は、実際に真剣な恋愛におちいり、その恋に破れた若い女性が書いた手紙をそのまま本にしたものです。ここにあらわされた恋愛感情は誰のこころも打たずにはおかない真率なもので、読む者を強く揺さぶら... 続きをみる
子規晩年の四部作の中の一つです。子規は36歳で結核で世を去りましたが、この病気の特徴で、意識は臨終の最後まではっきりとしていました。子規の文体は、その死病に冒されていたと思えないような驚くほど乱れのない、健康そのものの精神を伝えるもので、しかも若年で世を去ったにも関わらず、円熟さえしています。子規... 続きをみる
人間の美的感覚として、抽象衝動があることを結論づけた美学史上、画期的な論文です。十九世紀の終わり頃から現代に至るまで、画家たちが次々と抽象絵画を描くようになっていった。その先陣をきるようにして本書は世に問われました。ヴォリンゲルは、広場恐怖症と呼ばれる神経症者の症状に注目し、支点を持たない無際限に... 続きをみる
明恵上人は、鎌倉期の旧仏教華厳宗の名僧です。じつに不思議な伝説に富んだ人で、その無邪気極まりない人柄と相俟って、兼好も徒然草の中で、その逸話を取り上げていますし、明恵上人伝記は江戸時代にはベストセラーになっています。屋根裏の蛇が鳥を襲おうとしているのを神通力で分かってしまったり、客と話していて、一... 続きをみる
世界的な指揮者となった小澤征爾が、若い頃ヨーロッパに渡った時のことを自伝風に纏めた本です。オートバイの後に日の丸の旗をなびかせて、ヨーロッパの街を疾走する自分の姿を書いたくだりは、なんとも微笑ましい意気盛んな若い日の小澤の姿があります。爽快な心意気に溢れたこの本は、若い人にはぜひ読んで欲しい一冊で... 続きをみる
日本は、夏は東南アジア諸国並みに暑く、冬は北欧の冬並みに寒い。また、日々の気温差が季節の変わり目には乱高下する。自然が厳しい国というだけでなく、自然災害は他の先進国と比べても、圧倒的に多い。地震、台風、豪雨、豪雪等々。 こうした国であるにもかかわらず、日本人は、ほかのどの国よりも、自然を愛でる。特... 続きをみる
英語で9月の意味するセプテンバーは、本来7を表す数詞です。では何故この名称になったのか、そうした素朴な疑問に本書は丁寧に答えてくれます。また、暦が占いときっても切れない関係にあることを懇切に解説し、占うという行為が正確な暦を作る上で欠かせないものだったということを説き明かしてくれています。著者の平... 続きをみる
河盛好藏はフランス文学者です。この本は、だれしも一度は悩む、人との付き合い方について著者が若い人に向けて書いたものですが、といって、自分の経験をかいつまんで、単なる処世術を書いたというような気楽な本ではありません。人とつきあうという人間にとって退っ引きならない業と真正面から向き合い、では、どうつき... 続きをみる
角川書店が企画した仏教思想シリーズの中の親鸞についての書物です。当時、新進気鋭の学者だった梅原猛が中心になって筆が執られています。論文と対談という形式で構成されていて、仏教の初心者にも読み易い本になっています。学術的に提示される親鸞像と小説として描かれる親鸞像とを繋ぐ橋がないという嘆きが語られ、親... 続きをみる