以前にも、江戸時代の記事で触れたが、日本の江戸時代には、じつに目を見張るようなものがある。 その一つが、塾である。家康は、国教として儒教を選んだのだが、神君と呼ばれるだけあって、この選択は非常な慧眼以上のものがあると言って良いだろう。 平和な時代の教えとして、これに勝る教えはないと、とてもするどい... 続きをみる
2020年9月のブログ記事
-
-
人生をある観念で単純化するのは容易い。例えば、「金はすべて」「世界は共産化すべき」「世界の民主化」 そうした人々は、金に酔い。理に酔うたのである。 ○ 生活の諸問題は、金でほとんど解決する。その通りである。その代わり、人生の諸問題は、まるで手付かずのままである。 ○ 生活に困窮... 続きをみる
-
常緑樹の葉に月の光が落ち 露の滴りのような瑞々しい楽音となる わたしの心は泣いているのか ※同じく大学を卒業した年の短詩です。 UPすることにしました。
-
-
中国に行って、空港に降りたったとき、その中国のにおいの強さに驚いたものである。慣れるまで、小一時間くらいかかったと記憶しているが、中国にいる間中、時折、鼻につくその独特の匂いには悩まされたものだった。 添乗員さんに聞くと、あれは八角のにおいだということで、そういう日本だって、外国の人から、言わせれ... 続きをみる
-
ともかくも日本は道に事欠かずいつの間にやら歩いておりぬ 若き人こころ焦るな美は女神礼に拠りてや美しさ増す 飛ぶ鳥の真下に見ゆる秋の町 <若いときの句を、若干変えたものです>
-
若き木は花を急ぐとプロの言う人はた同じ遠回りせん 静夜かな味わいしみる虫の声 虫の声胸の奥まで入り込み
-
立ち姿凜としたれど裏腹の迷えるこころ道を探さん せめぎ合う男トムにて女ジェリーいたずら好きはなほ止まざりし 真心は得たりと思はば去りぬもの絶対なくば適わぬ道や 淡けれど染みる色なり薄紅葉
-
古い本ですから、今はネットでしか買えないと思いますが、前知識人たちや有名人たちの食・お通じ・睡眠についての、腹蔵の無い告白を、それぞれが短文に認めた文章を一冊の本にまとめたものです。三日間物を食わずに、三日目にその分の食事をゆっくりと摂るという伊丹十三の話。酒を飲むとき、自分の内臓と愉快な相談をす... 続きをみる
-
-
-
人曰く女はすべて喋るものさにはあらざり言はぬは言はぬ ひがめりと兼好言えどさてもがな女括りて言うは適わぬ 桜紅葉やや品落ちる風情かな
-
もの言はぬ人人乗せて地下鉄は秋の下道くらきを走る 目の前をトンボウ二匹戯れ合いぬ 空地ならん四五十匹の赤とんぼ
-
女の子集いて何を話すやらんたわいも無きことかぎりもなしを 稀なれど見栄を張らざる女ありもののあはれを知る由にして ちらほらと赤混じりたる楓かな
-
仕事量が増えてしまい、毎日の更新がむずかしくなりました。 ※読者の方々には、申し訳ありませんが、どうぞ、ご了承ください。 気が向いて、書くようなことがあれば、また、更新しようと思います。
-
わたしは、一人暮らしで、よく自炊をしているが、最近はあまり面倒なものは作らない。前は、カレーなどを作って、よく食べていたが。 それで、思うのだが、カレーのルーは、どうしてまた牛肉のときも、豚肉のときも、鶏肉のときも同じなのだろうと、首をひねるのである。 現今、これだけ、食生活が豊かになったというの... 続きをみる
-
信不信何によりてか判別す付き合いの他あることはなし 稲妻や天の御怒りなさるかは
-
人生をむなしと言はば如何せん人には人の夢ぞありける 詩では食えぬ事知りけれど詩を書きぬ書かずに居れぬ人のあはれを 雄大な青空なりき積乱雲
-
一卵性双生児を例外として、顔は、その人を他の人と振り分ける、指紋のようなものである。人と人を簡便に区別することにおいて、これに勝る身体的特徴はないと言っていいだろう。 これは、誰が見ても、その人かどうかの見分けが付くもので、よほど、注意力が散漫な人でない限り、まず、区別できないということはない。あ... 続きをみる
-
信じられる人のなき人多けれど自ら見る目ありやなしかは 楽しみに惹かれてまるで人を見ずその楽しみや如何なる楽しみ 友だちはじつに多くの類いあり親友悪友ただの友だち あらし来て熱暑の町を洗いけり
-
夕日より思ひを焦がす赤やあるなほ燃えんとす君の唇 上記の短歌は、わたしが若い頃に作ったものを、若干手直しした歌である。 この以前は、 夕日より強くはげしき赤やあるなほ燃えんとす君の唇 であった。 推敲とは言ったが、果たして、どちらがいいのか決め兼ねているところである。こうした恋歌は、わたしは少しし... 続きをみる
-
-
わたしは、小倉百人一首については、一般的な解説書の類いの本と大岡信のものを読み、大岡の本は得るところが大きかったが、この歌抄を全体として、掴んでいるかどうかということについては、疑問が残った。直言すると、大岡の読みは、恋愛というものに偏りすぎているように思えたのである。他の解説書では、この歌抄のそ... 続きをみる
-
わたしのブログ名は、上記の通り、「Hideのおすすめ本・・・」で、ハンドル名(こういう言い方でいいのかな)は、Hideharuであるが、これはわたしの実名ではない。 ブログをはじめるとき、どうしたものかと、色々と名前は考えたのだが、やはり、わたしの尊敬しているひとから、名前の一部を取ろうと、それで... 続きをみる
-
稲妻のゆたかなる夜も寝べきころ 汀女 わたしは、汀女の句集は、読んだことがないが、虚子や大岡信の本の中で紹介されていて、この句を知った。 なんでも、ある女性俳人が、「雷」の題で、句を詠もうとすると、この汀女の句が浮かび上がって来て、どうにもならないと俳句の師匠に、その苦衷を訴えたそうである。 わた... 続きをみる
-
和歌によるミクロコスモスと言って良い、日本人や日本語ができるような人なら、誰でも名前なら知っている、藤原定家の編集者としての天才が如実に表わされた、見事な和歌集である。 こう言って置いて、後は、はずかしい話になってしまうのだが、じつは、わたしはこの和歌百首をすべて諳んずることができない。気の利いた... 続きをみる
-
朝顔を一輪出だす利休かな この句であるが、少し前の記事に、忍び込ませて置いたのだが、成功している句かどうかについては、見巧者というような人の判断に委せることにして。 これには、前置きになる物語があるので、それを語ってみたい。 千利休が、秀吉に、その当時観賞用として、流行り出した朝顔を、お目に掛ける... 続きをみる