Hideの俳句・短歌 42
病院の冷たきイスに一時間 この秋は追い詰められし五十代 あんなにも確かなる夢見し故にモーツァルトは若く死せりか
Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春
文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正
病院の冷たきイスに一時間 この秋は追い詰められし五十代 あんなにも確かなる夢見し故にモーツァルトは若く死せりか
予め進路知れたる野分なれどおそろしきこと変わりはなきに 戦争は悲惨なことと嘆けども人生はまた戦いなりし 日盛りに小さき花や線路脇
毎年、この時期になると、先の大戦のことが各メディアで、繰り返し取り上げられ、盛んに報道され、書かれる。取り上げられることは、少しも悪いことではないし、盛んに論評されることも結構なことである。 けれども、その報道のされ方、論評のされ方に、わたしはいつもある不審な思いを持つ者である。戦争、特に、第二次... 続きをみる
論語には、一見当たり前と見えて、じつに奥深い言葉がたくさんある。 「知るを知ると為し、知らざるを知らざると為せ。これ知なり。」これほど当たり前なことはないが、これほど実践するのが難しい言葉もないくらいである。特に、若い人や知識の豊富な人には、守るのに難しい言葉である。 近代科学の祖、デカルトの思考... 続きをみる
文大統領の言動がおかしくなって来た。政権末期の様相を呈している。あの発言では、保守勢力からの文批判、文下ろしは必至だろうし、韓国社会自体からも受け入れられまい。 韓国という国のトップは、世論を味方につけようと策動するような人物では務まらないので、漢江の奇跡を行って見せた朴正熙の当時、何故、軍事政権... 続きをみる
ブリューゲルに、世界を自分の思い通りに動かせる人間が描かれている絵がある。じつに様々なタイプの人間が描かれた、ブリューゲルらしい、こまごまとしていながら、広い世界を感じさせる絵で、意外なことに、その独裁的な人間は、別の何でもないタイプの人間と同じ大きさで描かれている。傍らには、夫に隠れて不倫をする... 続きをみる
人間は、四十や五十になれば、何でも良いが、およそ何かについての大家になっているものである。肯定的な意味のそれでも、否定的な意味ででも。 自分自身について思うのだが、わたしはそれについては、まるで何かの大家にはなっていない人間だと思っている。 日本という国は、自分は何者でもないという認識が可能な不思... 続きをみる
最近、NHKで、綱吉を名君と持ちあげている番組があった。わたしの言い方で言えば、人物民主主義もここまで来たかと、呆れたものだった。 学問には、いわゆる学会というものがあり、歴史という学問にも、歴史学会というものがあるそうである。しかしながら、こうした学会というものが、理系の学会は別にして、後世に残... 続きをみる
さんざんな目に遭いたりし生なれどやはりそれでも生きたかりけり いきなりの野分現れ消え去りぬ ふたたびや花火大会延期せし
確かなる神しろしめす中世にジャンヌ・ダルクは現れ出でたり 絶対に安らいでいた中世を今生つよく求むる我や 雀の子ぎっしり並ぶ屋根の縁
運命と人は言えども運命を受け容れることいかに難きや 黄色けれど名は知らぬなり春の花 屋根の縁に雀ぎっしり列を成し <無季>
カトリックに改心したヴェルレーヌの宗教的な秘儀というべきものを伝える名詩編です。訳者の河上徹太郎は小林秀雄の生涯を通した友人でした。河上はこの書を読み、カトリックに入信する決断をしたと言っています。詩中、ヴェルレーヌは、はげしく神を探し求めます。けれども、その彼の道は、神こそが、それを切り開いてき... 続きをみる
日本の現代詩のアンソロジーです。編者が選んだ現代詩人たちから、特に編者の心に響いた現代詩を各々四、五編ずつ取り上げ、一冊に仕上げた書物です。およそ、選ばれた詩人たちのもっとも出来の良い詩群を手軽に読むことができるように工夫された感があり、日本の現代詩に興味のある人には、とても優れたアンソロジーにな... 続きをみる
哀しみを弄ぶことなかれかしその悲しみや時代の悲しみ おぞましき事件起きたり梅雨末期 日枯れせし紫陽花雨に打たれけり
モーパッサンの小説の登場人物は、どの人物を取り上げてみても、人間の血と体温を感じさせ、その人の顔や姿さえも、はっきりと分かるように書かれたもので、これは著者の想像力が、いかに並外れて力強く血肉を伴ったものであるかを思わせるものです。この小説は、ある娼家のなんでもないような出来事を取り扱ったものです... 続きをみる
この小説は、やはり小説家である師匠のフローベルから絶賛されたと伝えられています。人の良い愛国心に溢れたフランス人の娼婦が、戦争状態にあるドイツ人の将校に辱められ、フランスの貴族からも指弾を受けるという話柄で、物語の最後に、ある男の口ずさむフランス国歌が、象徴的でさえあるとフローベルは誉めるのですが... 続きをみる
悪漢小説です。「ベラミ」は「きれいなおじさん」という意味です。軍役を終えたが、さして取り柄のないベラミと名付けられた主人公は、友人に薦められて、新聞記者となります。その後、自分の美貌を武器に次々と女を踏み台にして出世していきます。出世のためなら、自分に尽くしてくれた女を巧みに裏切ることも、殴ること... 続きをみる
弱兵を抱えた勇将と弱将を頂く勇兵とでは、どちらが信頼するに値するか、これは、有名な政治論であるが、無論、リーダーがしっかりとしていなければ、勝算のある戦いにはならない。 トップが英邁であることは、その国に多大な利益をもたらす。これは、どの国でも変わらないことのようで、例えば朝鮮では、李氏朝鮮の時代... 続きをみる
何故か知らないが、わたしを含めた皆さんのプロフィール画像が、表示されなくなった。 わたしのブログだけで、起こっていることだろうか? それとも、みなさんにも同じ事が起こっているんだろうか?
書きたいテーマは、色々あるんですが、文章をまとめるのがままならず、おまけに眠いので、今日は無理しないことにしました。 どうぞ、悪しからず。 梅雨半ば眠気に勝てぬ初老かな
武家社会は、その名の通り、武士が世の中を支配した時代である。鎌倉時代から始まり、室町、戦国、安土桃山を経て、平和な江戸時代へと至り、その封建的な成熟を見たのは、ご存知のことと思う。 このことについて、わたしはよく思うのが、これは世界的に見ても、希有の出来事であって、国家というものの成熟という観点か... 続きをみる
若者は、政治には無関心なもので、これは世界各国変わらない現象のようである。最近、香港でデモがあったが、政治的関心の強い若者が、政治をどうにかしようとすると、どうしても実力行使に出ることは、避けられないことのようである。 政治が残酷なものであることは、昔から変わらない。民主主義政体になったからと言っ... 続きをみる
オーソリティ=権威は、元々、筆者を意味する言葉だったが、今はSNSの普及のお陰で、みんなが筆者となることが可能な時代となった。そうなると、現代は、何を権威として良いのか分からなくなってしまった時代と言っても良いだろう。 こういう時代は、我こそが権威だという人が多く現れるものでもあるし、また、過度に... 続きをみる
梅雨だからというわけでもなく、ここ3,4ヶ月体調不良が続いていて、ブログの更新がままなりません。 お腹の具合が不良なんですが、お腹が不調だと頭の方にも良くない影響が出てくることを、改めて感じています。 ままならぬ腹の具合や梅雨半ば
トランプやみんな吃驚中朝の引きしカードは吉か凶かは 夏なれど商業捕鯨再開す 韓国に一撃与う文月かな
「安心」という言葉は、英語にはないそうである。従って、「安心」に類する安堵という言葉も同じくないと推測できる。 安堵は、本領が保証されてこその安堵であった。一所懸命(今では一生懸命になっているが)の言葉の出処は、この本領を死守するために、懸命になることだった。従って、本領を保証もされないのに、一所... 続きをみる
ヨーロッパでは、こういうことが言われるそうである。 一人のイギリス人は俗物である。二人のイギリス人はスポーツをする。三人のイギリス人は大英帝国を作る。 一人のドイツ人はロマンチストである。二人のドイツ人は俗物である。三人のドイツ人は戦争をする。 日本人は、どうもドイツ人に似ているようである。
最近、UPを怠ってしまった。体調不良も、少し関係しています。 書き留めていたものもないので、日頃、勝手に考えていることを少し書いてみたい。 カメラ キャノンのレンズは即物的 ニコンのレンズは明るくて自然 ソニー(ミノルタ)のレンズは癖がある オリンパスのレンズは繊細だが迫力に欠ける カメラはレンズ... 続きをみる
アホウドリ沖の岬にうでひらき見えつつ遠くなりにけるかも 夏夜中地震ありしも寝べきころ なひありて短夜報道徹しけり
キナ臭き世界情勢なりしかどわれにはわれの為すことのみぞ 梅雨入りやわが身一つを持て余し 梅雨晴れや滞りなき用水路
近代は裏より人を見しゆえに表良く見る人ぞ少なき 裏表相合わさりて人なりき裏ばかり見る人は何者 いつのまに春は過ぎけり夏の雲
いかならむ月は月にて花は花我は我にてかくもかなしき まとまらぬ思いを他所に春の月 いつか見し月や平家に見つけたり
科学は知の底辺に位置するものである ○ 科学は普遍性を持つが、科学という箱からは決して出られないものである ○ 箱を破り、知を広げようとするところで、知はローカルなものにならざるを得ない ○ 世界文学という言葉はあるが、世界哲学という言葉はないのである ○ ... 続きをみる
地獄をやありと言いしもなしとしも確かなりしはこの生き地獄 いなずまや真っ正面に落ちにけり ひむがしにいなずま落つる音すなり
いかばかり不幸な生のありしかどたとえばゴッホ思へば黙せり 地獄にてふたたび会はむ曼珠沙華 闇に浮かぶ炎のごとき牡丹かな
中也の年を過ぎ ゴッホの年を過ぎ モーパッサンの年を過ぎ 芭蕉の年が過ぎ去りぬ
思うところありと言はんや春の風ふたたび我をこころみんとす アジサイを滲んで映すアスファルト 日曜日梅雨空なればひきこもり
今、テレビを見ていると、クラシック界で第一人者と呼ばれる人の変人ぶりを、見て興じるのが、流行りのようである。 クラシック界に限らず、その道での第一人者と呼ばれるような人には、大概、変わり者が多いようであるが、変わり者でも、二つに大別できるようである。誰かや、また何ものかを攻撃せずにはいられない変わ... 続きをみる
英語で、「時間通り」は「on time」または「punctually」と言うそうだが、英語には、ほとんど無知なわたしだが、勝手に「on time」の方が、より強い表現だろうなと推測している。英語のonはスイッチのオンとオフで、すでに広く和製英語化しているが、いくら英語に疎いわたしでも、この前置詞o... 続きをみる
地下鉄にイヌを持ち込む女あり吠ゆるに及び降りて行きたり 足を止める通勤路にはガク紫陽花 切り返すツバメの腹の白さかな
この書の題名には、少々不審に思う人が居るかもしれません。俳句という文芸には、解し方や味わい方まであるのか、自由に解し自由に味わえば、それで良いではないかというように。それも、もっともな考え方なのですが、俳句というのは、とても狭い道を行く文芸だということを、忘れないで欲しいと思います。虚子は、さらに... 続きをみる
ひとひらの枯れ葉のおのずからなりや木立離れぬゆくへかなしも 春は過ぎ風定まらぬ夜更けかな 新式の建物映す水田や
江戸時代は、元禄文化をはじめとして、様々な文化が花開き、その妍を競いあった時代と言えるのだが、技術の面でも抜かりはないので、たたら製鉄技術や上総掘<かずさぼ>りなどはその代表的なものであろう。 日本の自動車が、世界中であんなにも評判が良く、故障が少なく、性能の良いものとして重宝されているというのも... 続きをみる
かなしみを如何にも深く掘りしとき底を流るる水の無きかは 果物屋春夏秋冬そろいたる 水の張りし田んぼ広がる通勤路
ユングはフロイトとなにげない会話を交わしているとき、不意に、フロイトから「転移をどう思うか?」と聞かれ、ユングは「それは心理療法のアルファでありオメガです。」と応え、それに対しフロイトは「そうか、それなら、肝心なことは分かっているという訳だ。」と応じたという逸話が残っています。転移とは精神分析学の... 続きをみる
いたましき事故のありけり凄惨な事件のありきこころ黙せり 路地のツツジ吠ゆるがごとく咲きにけり 油蝉死ぬると思いや飛び立ちぬ
「百聞は一見に如かず」は古来からのことわざだが、現代は、メディアの非常な発達によって、誰でも一見が可能となった。 現代では、特に、撮影技術が発達したので、未知であったことが、どんどん衆目にさらされ、誰もが、その撮影された現場の目撃者となり得る時代となった。 つまり、一見ばかりが溢れるという時代にな... 続きをみる
ドストエフスキーの大小説によく見られるのですが、極限にまで紛糾したと思わせる男女間の心理のせめぎ合いが、この短編小説では、まことにコンパクトに、けれども克明に描き出されます。自分でも知らぬ間に、新妻の心を、ぎりぎりにまで追い詰めてしまった金貸しを生業とする男は、自ら命を絶った主人公のおとなしい妻の... 続きをみる
ことばは、その生きているところを捉えなくては、意味を成さないものである。したがって、生き物と同じように、それが生き生きとしているか、ほとんど死んだも同然であるかは、大事な点となる。 辞書などの言葉が、どうしてもこちらの胸に響いてこないのは、ほとんど言わば、休眠状態にさせられた言葉の集まりで、詩人に... 続きをみる
最近、俳句がとても人気である。理由は色々であろうが、この寡黙すぎる文芸が、注目を集めているのは、慶賀すべきことである。形式をしっかりと持ち、季を愛でる文芸であることが大きな要因のように思われるが、俳句が詩歌に間違いないことは、こと改めて言う必要はないであろう。ただ、俳句を現在のような形で、残してお... 続きをみる
ユング初期の傑作論考です。連想実験とは、被験者に「赤、水、死」などの刺激語を提示し、それから自由に連想する言葉を言ってもらうことで、その被験者の心の状態を調べるというものですが、ユングは、ここで、被験者が刺激語を与えられてから、回答するまでのわずかな時間に注目します。その時間を正確に測ることで、被... 続きをみる
何故、パソコンや電子辞書等は両手で、入力しなければならないのか、わたしはずっと疑問でした。文字でも絵でも、我々は、利き手で書いたり描いたりする。もう、いい加減、パソコンや、電子辞書等のアルファベットの配列を変えましょう。 わたしがかんがえた、電子辞書等のキーボード上の片手入力用アルファベット等の並... 続きをみる
ユングはごく若い頃から、超常現象といわれているものとは親しいものだったと、自伝の中で語っています。この書はユングの最晩年に書かれました。いわゆる「UFO」を深層心理学の立場から、しごく真面目に、しかも、学究的に考察した他に類例を見ない書物です。緒言には、占星学から論究された21世紀における世界観を... 続きをみる
ユング心理学への入門書です。ユングとその弟子たちによる共著という体裁を採っています。ユングの心理学はイメージの心理学とも言われますが、多くの写真や図柄が豊富に採録され、ユング心理学への格好な導きの書物になっています。ユングの弟子たちには優秀な人材が多く、それぞれでも、盛んに優れた書物を著しています... 続きをみる
誰が、最初に言い出した言葉か知らないが、わたしは、この新語を聞くたびに、つよい嫌悪感を覚える。 先に言って置きたいが、この言葉は、自分というものとしっかりと真面目に向き合って来なかった者に、言われ始めた言葉である。この言葉の語感を、よくよく確かめて欲しい。 自分と真剣に向き合い、自分自身と懸命に戦... 続きをみる
かけまくもかしこき神のみ業にて母の命は長らえにけり ブランコやかすかに揺れる風のありぬ 用水路まっすぐ夏の空映し
この小説は、「貧しき人々」の直後に書かれました。傑作かどうかは、判じかねるような作品ですが、ドストエフスキー自身は「『貧しき人々』より十倍優れた作品だ」と高言しています。ドストエフスキー自身の不思議な心の有り様が全面に溢れ出た作品と言って良く、複雑怪奇な心理の糸が、肉感性を持って、二重人格の主人公... 続きをみる
当時のロシアの批評家ベリンスキーから絶賛された、ドストエフスキーの処女作です。著者の終生のモチーフの一つとなった虐げられた貧しい人々の秘められた美しい心情が、じつに見事に描かれます。この小説は、時間的にとても精緻に構成されていて、後年のドストエフスキーに見られる小説上の時間における革新性の萌芽を思... 続きをみる
理念というものは、取り除けを許さない。言葉通りというのが、その本来の姿である。この理念を、日本史上、最初に行動に移した人間をかんがえてみると、信長に思い至ると思う。 信長という人間は、言葉数は少ないが、彼の下した命令は、絶対で、言葉通りであって、少しの取り除けも許さない。戦国の世にであったとしても... 続きをみる
悲しみに押し潰された日々なれど壊れたものは壊れたかたち リンゴ囓りリンゴの味の確かなる 車窓には滝あらわれて消えにけり
織田信長についての第一級史料とされる高名な歴史書の現代語訳です。この書に拠ると、信長は頭角を現すずっと以前から、天下を取る男に違いないと見巧者たちからは見られていたそうです。太田は、徹底した事実調査と私心を廃した目とで、具に、信長の為人と事跡を書いたと言います。この書は、信長の姿をまさしく浮き彫り... 続きをみる
この短編小説は、いわゆるドストエフスキーらしい心理観察眼というものを、まるで感じさせないものです。作中、老婆は忽焉と息を引き取ります。天寿を全うした老婆の死は、誰にも悲しみを与えません。死ぬ直前の老婆は、しきりに自分の曾孫のコートの丈が少しばかり短いことを気にしていましたが、もう誰もそんなことを気... 続きをみる
ベルクソンは言葉による解決を放棄してから、哲学を始めたと言っています。この書は、西洋哲学を総覧した著者が、なにゆえ哲学は、さまざまな学派に分かれなければならないのかという盲点をするどく突き、言葉による概念上の分析が、そのことに深く関わっている様をあぶり出していきます。言表不可能な直観を哲学の第一義... 続きをみる
今は、あまり聞かれなくなったが、三英傑の信長、秀吉、家康の中で、誰が一番好きかというのは、昔よく聞かれた質問である。今でも何かの折に、こうしたことを言う人もいるかも知れない。ただ、この人物たちのことをよくよくかんがえてみれば、これは、単なる好き嫌いで片付けることができない人物たちであるのは、明瞭な... 続きをみる
アランは二十才まで正式な音楽を聞いたことがなかったと言っています。この書は、そのアランが音楽についての造詣を深め、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを素材として、縦横に語った書物です。調についてのそれぞれの興味深い性格付けが為されていますが、アランは、調の性格付けがもっともむずかしい仕事だったと... 続きをみる
いずれとも選びわけせぬ道なれど今朝よりわれは両道をとる モーツァルトいくたび聴けど新たなる戦慄すべき明るいこころ 今日よりは新時代なる令和ON
ベルクソンの遺書と言える著作です。聖書に由来する神とギリシア哲学における神々とが混交してしまった西洋哲学の弱点とも言える神観念をきれいに解きほぐして行きます。ベルクソンは決して難問を一挙に解決することを望みません。着実な一歩を進め、後は後世の哲学に託そうとします。この著作の最後で「人類はまだ自分た... 続きをみる
いかがせむいかがせむとやこの生を迷い迷うて日は暮れなんとす 生活はほぼかたわらに置きしかど時に我の出るわがブログかな 帰り道今朝見し蚯蚓の干からびぬ
前回の記事の補足なのだが、新しいアイディアというものは、受け入れられのに、まず、旧来の考え方から批判されるというのは、やはり、本当の事のようである。 人々の考えの覆いを取り払うということ、つまり既成観念を取り除くというのは、人が考えているより、ずっと厄介なことのようである。 例は、わたしが前回書い... 続きをみる
もう、30年来思っていることなのだが、パソコンはじつに進化が著しい筈のものなのに、みんなが使って怪しまないとても不合理なものがある。他でもない、パソコンのアルファベットの文字列キーである。 この無秩序というより、前時代のタイプライターから受け継がれた、わざとキーを遅く打たなければならないように配列... 続きをみる
かげろうを生はかなしと誰言はむ命夕日の色に染まれり うばたまの夜のはなれに一人いて思いはみだれかぎりなかりし つゆ末期空一面の雲動く
久方のアメリカのビル倒壊す異国の空はいたづらに青し 買ったなり返すことなき砂時計短夜一人返したるなり 春過ぎて夏には夏のおもいかな
詩は痩せた するどく痩せた 生き延びていることが不思議なくらいだ そのようにも われわれの心は痩せた ただ生きることだけを目指して 心はするどく痩せた 詩に復活の道はあるか 心を耕す鍬はあるのか いかにも 途方に暮れることだけが われわれに残された手段である
日本近代の自然主義小説家正宗白鳥の最晩年の短篇集です。どの編も枯れ切った、宗教的な雰囲気さえ漂う名篇になっています。白鳥の文章は、味も素っ気もないもので、まるで活字そのものを読んでいるような気にさせられますが、そのために作品の純度は非常な高さに達するものがあります。白鳥は、若い頃キリスト教に入信し... 続きをみる
うつろなる心のほかにこの世にはもちたる物のなかりけるかな 炎天下人は罪あるもののごと 冷やされて軟水とめどなくうまし
気が付いたら、この4月は2回しかブログをUPしていない。 これはいけないと思いつつも、それなりにまとまった文章なり絵なりの作品を載せることに拘っているから、こうなってしまった。 それは、それで良いとは思うのだが、何か忸怩たる念に堪えない。 年のせいなのだろうか、とはいえ、そんな年でもないはずなのだ... 続きをみる
本を読むことは、自由に考えるときの必須の条件である。考えるだけなら、誰でも可能であるが、既成観念にとらわれず、自由にものを考えるには、ある特殊な修練を必要とする。 その修練には、だが、本を読むだけでは足りない。本を読みつつ、考える力を身につけなければならない。既成観念とは、じつに頑固にこびり付いた... 続きをみる
法華経を持ち出すまでもなく、ウソには様々な効用がある。芸術の中でも、小説という大きなウソがある。ドストエフスキーの小説が、どれほどの迫真力とリアリティを持ったものであろうと、それらの小説群がまったくの絵空事であるのは明々白々のことである。 フロイトだったと記憶しているが、科学の弱点は、真理に対して... 続きをみる
※体調はずいぶん回復しました。ご心配をお掛け致しました。 わたしは、気概の感じられる深い思考が好きである。難解な思考というのではない。ごく、当たり前な言葉を使っていながら、考えが、とても深く張り巡らされているような文章には、たいへん惹かれる。 小林秀雄や井筒俊彦のような人の文章が好きなのも、その理... 続きをみる
このところ何も浮かばず過ごしおり体調不良の春となりけり 体調不良で、しばらくブログを休んでいます。どうぞ、悪しからず。<(_ _)>
「考える人」はロダンで有名だが、わたしは「半跏思惟像」の考えている姿の方が、好きである。 ロダンの像からは、思考の力と苦悩いうものを思わせずにはいないし、それがなんらかの焦点を結ぼうともがいている様がよく感じ取られるのだが、半跏思惟像の方は、仏像ということもあって、焦点は常にピタリと合っていながら... 続きをみる
あはれなる夢を見し夜のさめまにはうすらかなしき名残ありけり 本を読む人の上なるさくらかな もの思ういとまはありし春の月 書を離れ春の星々伊吹山
言の葉も交わさで去にし乙女子の面影けさの蝶に似たり 満月を見し一人身の夜なれど背中で語る生き様もなし 立ち止まり雲間に見ゆる春の月
セザンヌが好きである。だが、セザンヌの名作と言われるものは、そのほとんどを、金持ちが持って行ってしまい、一堂に会して見ることができないものになってしまっているのが、現状である。 画集だけで、セザンヌの絵を判断するのは危険だということは、分かり切った話であるが、さて、セザンヌの本領を発揮した本物をじ... 続きをみる
法然の新しさには、何か決定的なものがあって、わたしはその不思議な革新性に惹かれる。 法然の思想上の新しさは、「念仏も」往生の種となるというのを「念仏こそ」に改めたに過ぎない。だが、これは思想上のことに止まることではない。当時の人々の宗教生活そのものの革新だった。宗教生活の変化とは、当時の人々にとっ... 続きをみる
「源氏の前に源氏なく、源氏の後に源氏なし」そんな言葉があったかどうか忘れたが、史的に見ると、源氏物語は聖徳太子並みにその時代を超えている。 貞永式目が典範を持たない憲法であっったように、源氏も、その類例を前代に求められない。わずかに竹取物語にその萌芽を見いだせるだけである。かぐや姫があらゆる男を惹... 続きをみる
ここには、日本人が感じる情感を伴った「四季」とは、まるで異なった欧米人の感じる「四季」の姿があります。われわれに寄り添い、豊かな恵みを与えてくれる「四季」ではなく、はっきりと、それに対抗し、武装する必要さえある「四季」が克明に描かれていきます。聖書の記述に見える、イエスが、季節ではないいちじくに向... 続きをみる
河合隼雄の文章は好きで、ほぼ全集を読んだが、この人の文章は、どうも壮年期のものが良いように思う。筆頭に挙げられるべき本は「明恵、夢を生きる」であろうか。 晩年になり、文学者のように「文体」というものを気にするようになると、不思議なことに、文章に生彩が感じられなくなる。壮年期の「とりかへばや、男と女... 続きをみる
少し前の話で恐縮だが、この曲はたいへん好きで、よく聞いていた。 亡くなった本田美奈子さんも歌っていたが、「ああいう細い子じゃなくて、それこそテキサス辺りのでっぷりとしたおばちゃんに朗々と歌い上げて欲しいね」と言ったら、ある人から「それなら、スーザン・ボイルのを聞いたらいいよ。」と言われ、早速You... 続きをみる
源氏物語を読み返している。以前、読んで分からなかったことが、次第に鮮明になってきた。以前の読書はいささか読み方が幼稚だったようである。 およそ、物語の主人公で、これほど作者に、本当に愛された登場人物も他にいまい。そこには、贔屓の引き倒し以上のものがある。太陽光と同等と言っていいような直線過ぎる愛情... 続きをみる
現在、科学でもっとも分からない分野は、微生物の世界だと言われています。一つの砂粒の中に、一億個以上いる微生物の、その無限の無限を探求する必要があるからだそうです。本書は、その微生物研究の先駆けとなった、当時最先端の顕微鏡を用い、詳細にその不思議な姿を描いて見せたレーエンフェックをはじめとして、有名... 続きをみる
良書には、正解はない。その代わり、よくよく吟味された問いがある。 〇 何かにつけ、正解を求めずにいられない人は、まだ、学校を卒業できずにいる人である。 〇 本を読みたいが、何を読んだら良いのかわからないというのは、今の多くの人の悩みのようである。岩波文庫は一部を除いて、新潮文庫... 続きをみる
センセーショナルな感情は、俗耳に入り易く、世間に受け入れられやすい。その代わり、たちまち消え失せてしまうものである。 ○ わざとらしい感情は誰でも見抜く。 ○ 自然な感情は、その自然さにおいて力がある。 ○ 真実の感情は尊い。 ○ 美しく偉大な感情は一番見抜... 続きをみる
マルクス研究の第一人者が、世界のこれからのあり様というものを学究的に模索した意欲作です。マルクスの理論を超えて、最新の学者の知見が多く援用され、読解の難しい書物に仕上がっていますが、著者のいうところに曖昧なところはなく、一読して、その理念の思想的な価値が感得できます。理念とは、題名として掲げられた... 続きをみる