あの方のことをお訊ねですか 何をお話ししたらよいのでしょうか わたしには何もわかりませんが あ 何もわからないと言ってしまってはいけないんでしょうね きっと わたしはあの方のことをいつも思っております どうかあの方と呼ばせてください それはあの方は人を殺しました だから あの方と呼んではいけないんでしょうけど でも あの方の後ろにはいつも神様がおいでに なっておられます わたしにはそれが感じられ…
電話でケンカをした 女は泣いた もう二度とあなたには電話はかけないと言った わたしは黙ることしかできなかった そうして 沈黙はまるで暴力のように二人を裂いた 電話は言葉を丸裸にする それは 現代の言霊 無言さえ反響する
1㎏原器は 神のように 何重もの頑丈な扉の向こう側に恭しく安置されている そう 計量できぬ一切のものを厳格に世界から排除する これは 現代の神である 呻き声が 聞こえはしないか 居場所を奪われた 無数の病んだこころたちの
虫が 腹に滲みて鳴く夜 薬を三粒飲んだ 夜風がそろそろと入り込む 久しぶりの夜の秋 友の電話はきれいな声をしていた もうすぐ牡蠣が食えるだろう 気の早い山国の楓は もう紅葉しているかもしれない 四季は 年を取らない幼馴染みのような顔をしている 腹の虫が鳴り止み 頭が少し冴えたとき 思想を潰したら 酸っぱい中身が出てきた
比喩ではなく 地表を癒していく大きなやわらかな手 春 犬が小川を泳いでいる 無限がそそり立つとき 人々はまなざしを上にあげる 夏 木陰には蟻の巣がある 時間は旋回し 銀河に軸が通される 秋 公園のベンチで思想が成熟する 無意識の底に沈んだ記憶 美しい人々の足音が聞こえる 冬 時おり木枯しが吹く