静かな夜です 虫はいい気持ちに鳴いています なにやら 雨でも降ったらしく 窓を開けると 少し冷んやりするくらいです 秋の虫なんて けれども なんていい神さまの思いつきでしょう 虫のたましいはあんまり透明で 人間のたましいはあんまり生々しくて それでも 人間として生まれて来た方が 良かったような気がするのはわたしが人間のせいでしょうか ところで 今夜は月がじつにきれいです じっと見ていると 生き物…
しずかにかんがえることができるならば ゆっくりと 書物から真理が立ち上がってくるときのように 感情は軽やかであるか 神経は瑞々しく働いているか 感覚は研がれているか 理知は末端まで届いているか 血流は潮のように満ちているか そして 何にもまして澄み渡っているか 弥勒 空というヴィジョン 時は静止し 思考は未知なるものを生み出すよう 新しい人を
あざやかな夢を見た かわいた砂地に水がしみていくように 夢の記憶はすみやかに消え 町音のようにいつまでも通底する 残響を残した 薄明のうす暗がりの中で 森の中に迷い込んだ人のように 男は放心する 目を奪われた画家のように 音を奪われた音楽家のように じっと 目を凝らし 耳を澄ますようにして 男は不思議な時を過ごした ヒヨドリがピーッと鳴いた ある想念から覚めた人のように 男は我に返った 時は生活…
酷熱のアスファルトの路面に 蟬が転がっている 持ってみればわかる 体はうずら卵の殻のように薄く 夏の熱気と直かに 結ばれた共鳴体である 愚問が一つ 頭を叩く なぜ蟬は鳴くのだろう なぜそんなに短い命を かくもやかましく表現するのだろう わたしの蟬はもう鳴かない 唖蟬のように 閑けさを恐れない それは一つの閉じられた響声である ならば 腹を震わせて鳴け 数億の ちっぽけな発音器よ その喚声が どこ…
詩人無用の立て看板が あちこちにたてかけてある 町々を 口笛を吹きながら通り過ぎると 海に出た 朝日がにぎやかな光を散らしていた 大波が体を揺すって笑っていた こんなときだろう 寝坊な奴らをたたき起こす 大砲をぶっぱなすのは 太陽の精髄を音にするんだ 白熱する感情を奴らの胸にたたき込むんだ ラッパを鳴らせ 道化を呼ぼう 思い切り馬鹿騒ぎしよう 寝ぼけまなこで起き出した奴らに 鋼鉄の感動をくれてや…