Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

「空海の風景」司馬遼太郎 中公文庫

司馬には、硬軟入り交じった著作が多いのですが、この本はその司馬の中でも、もっとも硬い方の著作に属するでしょう。剛直な筆致で、平安期の巨人空海を描きますが、著者の筆が思うように伸びず難渋しているのが分かります。筆者は、後記でこの伝説に包まれた巨人弘法大師の衣の翻りでもいいから描いてみたかったと言います。企ては果たして成功しているかどうか。私は際どいものを感じます。やはり、司馬には鎌倉期以降の日本人…

現代詩 セザンヌの余白

書かれなかったことで 永遠に安らっている 隙間 サント・ヴィクトワール山は あんなにじっくり見つめられて逃げ出したくはなかったろうか 空さえも 動かぬ色を 剥き出しにされ 四角い額の中に収められてしまった 事物はみるみる表皮をはがされ 自然は その驚くべき心を われわれに通わせる そのとき 唐突に置かれる 一個の山 存在は 存在するという理由で しずかに揺れ 充溢した空白を作り出す 書かれなかっ…

「乃木大将と日本人」S・ウォシュバン 講談社学術文庫

ロシア戦役当時、筆者の米国従軍記者が、間近に見た乃木将軍の姿を捉えたものです。記者は、乃木をFather Nogiと親しみを込めて呼び、軍人としての賞賛には一顧も顧みず、漢詩を賞められるとニコリとする乃木の姿に、日本人の持っている武士道精神の精華を見たと言います。明治天皇崩御の際、乃木将軍殉死の一報がアメリカにもたらされるとアメリカ人士たちはみな、訳が分からない話だと首を傾げました。それを目にし…

「殉死」司馬遼太郎 新潮文庫

ロシア戦役で最高司令官を務めた乃木希典を描きます。乃木は当時の論文で、「無能論」が書かれるほど戦術家としては取り柄を持たない人でしたが、松陰と同じ師によって教育されたその精神力は巨魁と言ってもいいものでした。有名な二〇三高地への攻撃命令は、まるで明日の馬の準備でもするような口振りで伝えられます。病に伏せっていた明治天皇を慮った場面は、巧まずに、読む者の微笑を誘います。生涯、一武人としての生を貫い…

現代詩 セザンヌ

セザンヌの髑髏は白い リンゴは熟れている ああ 軽い 実在のなんという正確な軽さ 空気はリンゴと 空は家と 人は木と 等質な存在 骨牌は礼拝と 日常は死と 切れ目なく繋がる リンゴは浮いているようにも また 世界の中で 確固とした位置を占めているようにも 見える このみんなから侮られ モティーフを求めて ホームレスのような風体で あちこち うろつき廻る男は いったい何者か 大きな世間しか取り合わ…