Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

河合隼雄「心理療法序説」 岩波現代文庫

ユング派心理療法家の第一人者が、自らの臨床経験を元に心理療法について懇切に説明した、河合隼雄の中では難解な書物です。河合隼雄の他の本は、いくらかの本を除いては、高校生でも理解できるような平易さがあります。そのために、心理療法について読みかじった生半可な読者が、阪神大震災の折に、被災者に自分の体験を語ってくださいと迫り、却って被災者の感情を傷つけたという経緯がありましたが、著者の本をよく読んでいればそうしたつまらないことは起こらなかったはずです。この書は、もちろん心理療法のために書かれた本ですが、一般のわれわれが読んでも、充分に、心というものの不思議な実在についての知見が深まる書です。心という二律背反に満ちた曰く言い難いものと長年、正面から向き合って来た著者だからこそ書けた、心についての論理的な静かな劇です。本書中には、ある人々には、にわかに信じられないような共時性についての記述がありますが、この静かな劇に虚心坦懐に立ち会う人には、よくよく納得できるものです。著者はむしろ数学科出身の理論派で、決して神秘家などではありません。どうぞ、誤読なされないように。