Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 歴史というもの <国とトップ>

弱兵を抱えた勇将と弱将を頂く勇兵とでは、どちらが信頼するに値するか、これは、有名な政治論であるが、無論、リーダーがしっかりとしていなければ、勝算のある戦いにはならない。


トップが英邁であることは、その国に多大な利益をもたらす。これは、どの国でも変わらないことのようで、例えば朝鮮では、李氏朝鮮の時代に英邁な君主が並び立った。その中でも、ハングルを作るように命じた世宗などは、その代表的な人であろう。韓国についてもっと言えば、漢江の奇跡をやってのけた朴正熙などは軍事政権として、現在の韓国では悪名高いが、その娘の朴槿恵が大統領になれたのも、父の余光を受けたからに他ならない。ちなみに、朴正熙は日本の明治維新期の傑物たちに憧れた人で、終生、日本を訪れたいという願望を友人に語っていた人である。だが、どうも、韓国という国は感情が先に立ってしまい、しっかりと歴史を見たがらない国である。


それで、わが日本を見てみると、元禄期という江戸時代でもっとも緊張感の漲った突出した時代は、選りに選って、政権のトップは、学問好きな普通人に過ぎない綱吉である。徳の原理に従って、生類憐れみの令を乱発したこの男は、徳を実践したわけではなく、徳を原理として、振り回したに過ぎないのだが、現代の人物民主主義に拠るものか、新しい解釈を出さなければ、歴史研究者たちが飯が食えなくなってしまったためか、名君として扱う風が出て来たようである。


それはともかく、日本という国は、トップがそれほど英邁でなくとも、しっかりとした仕事をやってのける不思議な国で、日本では、国がしなければないような事業が、まず一個人の仕事から始まるという希有な国柄を持っている。


伊能忠敬の全日本国地図にしても、大槻文彦の大言海にしても、そうである。元禄期には、忠臣蔵事件が起こり、綱吉の当時の常識を無視した非常識な裁定が、この事件の発端となるという不思議なことが起こっている。


地域性によって、その人を見るという人間観を打ち出した荻生徂徠も元禄期の人で、この人を攻撃するときは、いつも幕府の御用学者という言葉が持ち出されるのが常だが、御用学者とは、じつに都合の良い言葉のようで、この人の天才性を簡単に隠してしまう。


歴史は、その見る人によって、じつに色々な顔をしてみせるものである。虚心坦懐に歴史を見ることは確かにむずかしい、けれども、自分の顔を虚心坦懐に見ることよりは、易しい仕事である。歴史は鏡という言葉をよくよく吟味すべきところであろう。