Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 音楽は不思議な芸術 6<バッハ ヴァルヒャ>

ヘルムート・ヴァルヒャという盲目のオルガニスト、チェンバリストがいたが、わたしはバッハのオルガン曲は、好んでこの人の演奏で聴いている。


この人は、盲目でありながら、バッハのあの膨大な鍵盤曲のすべてを、暗譜してしまうほどの驚異的な記憶力の持ち主であったが、わたしはそうした理由で、この人の演奏を好んでいる訳ではない。


オルガンを弾くときは、障碍者ということを、まるで感じさせない障碍者であり、また、その障害ゆえに、健常者では思いも寄らないものを掴んでしまった人だということが、大きいのである。


健常者の思いも寄らないものとは、例えば、音が聞こえなくなったベートーヴェンの音楽は、特に後期では、驚くほどの精神の深奥を表現することに成功していると見るのが、わたしの持論である。障害のために、音楽が邪魔されるどころか、却って、生き生きと躍動している。


ヴァルヒャに関して言うと、世界を音で掴んでいるという感じを、強く抱かせる音なのである。これは、ヴァルヒャが残してくれた演奏を聴いて頂ければ、注意深い聴者であるなら、かなりはっきりと感じるところであろうと、わたしは思っている。


ヴァルヒャは、バッハの音楽があって、本当に幸せな人だったなあというのが、ヴァルヒャの演奏を聴いた、わたしの感想である。


障碍者だから不幸だとは、とんだお門違いの偏見である。健常者で、不幸な人の方が、山ほどいるのである。


この人のオルガン曲、チェンバロ曲の演奏はすべて名演と言って良いが、殊に「パッサカリアとフーガハ短調」などは、絶品である。