エッセイ きれぎれ草 117 <日本人の時間>
日本人の議論に、決着を付けるのは結論ではなく、時間である
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「もう、時間になりましたので」どんなに、白熱した議論の最中であろうと、大概の日本人は、これで納得する
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時間などどうでも良いと、議論を戦わせていたのは、学生時代に限るようである
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また、日本人は、自分を世代によって区切りたがる
戦前派、戦中派、戦後派
団塊世代、しらけ世代・・・・Z世代等々
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日本人にとっての時間
同時代というものが、これほど、意味を持つ民族というのも、めずらしいのではないか
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また、場というものも、大きな力を発揮するが、それも、時間ほどではないようである
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