エッセイ 人生の喜び <聖典の言葉から>
聖書中、もっとも哲学的な伝道の書には、人生の喜びとして、自分と血の繋がる親族が大勢集まって、酒を飲み、ごちそうを食べることの他に、生きる上での喜びなど、あろう筈がないという意味のことが、書かれてあったと記憶している。
論語の「学ぶ喜び」というものなどには、まるで、頓着されていないのが、却って、興味を引くが、それはともかく、
食べることは、生きることに直結する、喜びに他なるまい。これは、人間のもっとも下位の本能に属する事柄であろう。
旧約聖書ではなく、新約聖書のキリストは言う。人はパンのみにて生きるにあらずと。
聖書の言葉が、論語などの言葉にグッと近づく箇所のように、思えもする。
ともあれ、日本では、人は、食べることにも、学問することにも、同じく人生の喜びを見出せる国のようである。
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