Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 名も知らぬ山 <情感が整うこと>

富士山のような、世界の中でも、最もうつくしいと思われる名峰があることは、日本にとって、大きな財産の一つであるし、この山を、実際に見たり、写真などで触れたりして、天を突かんばかりの高い志しを、その胸に抱いた日本人も、多く居ることだろうとかんがえたりする。


このような世界的な名山でなくとも、日本は至る所、山だらけである。わたしは名古屋出身で、今も名古屋に住んでいるが、中学生の頃、校舎の四階の窓から見える山なみは、今でもよく記憶に残っている。そこに登りたいとまでは思わなかったが、その山なみを見ると、何かしら故知らぬ、安心感を覚えたものである。中学時代は、わたしの人生の中でも、最悪の時代であったが。


尾張は、高台に立つと、北に山なみが遠望できる。よく晴れた日には、霊山の御嶽山も見えるところがあるが、そうした名高い山ではなく、よく見かけるのは、名も知らない山なみである。


学生当時、東京に四年間住んでいたときは、山がどこにあるかなど、かんがえもしなかったし、住んでいた寮の屋上に上って景色を見渡しても、山などを気に掛けたこともなかったことを、思い出す。わたしの記憶では、山はあんまりに遠く、意識に登らなかったようである。


そうして、社会人になって、地元に帰ったのだが、振り返ってみると、晴れた日には、よく遠望できる、その名も知らぬ山なみの、稜線に従って、自分の感情が整調されていたことに、最近になって、ようやく気が付いたのである。


山は、まるで、いつも、君は君自身でい給えと、しずかに語りかけてくれるような風情であったことを、ことばにしてみたら、こんな風に言えるような、気がしたりする。


ただ、そこにあるという、充実感。わたしも、そうした人間になりたいと思ったりする。