Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー 岩波文庫

世界文学の最高峰に位置する小説です。作者が最も成功した「罪と罰」を越えていると言っていいでしょう。「罪と罰」も含めた、ドストエフスキーの後期の大小説群は、単に、長いからというのではなく、コスミックと言えるほどの大きさを持っているのですが、この書はその中でも、最も円熟した作品です。「カラマーゾフの兄弟」の眼目は、作中人物のイヴァンが語る「大審問官」にあります。「人間という獣類に属する動物に、自由など単なる重荷に過ぎぬ。」大審問官の語る人間観には異様なリアリティがあり、自由な信仰を求めるイエス・キリストと、思想上ではどこにも接点は見いだせません。小説は、静かな安息に満ちた僧院と、行き詰まるような人間関係にせめぎ合う俗世間とを、自由に行き来する人間性の精華というべき主人公のアリョーシャに、人々が胸襟を開いて語ることで、繰り広げられます。この作品も「罪と罰」と同じく、推理小説仕立てになっていて、アリョーシャの兄ミーチャに父親殺しの嫌疑がかかります。結末は、この小説を読む人のためにとって置きます。「大審問官」をアリョーシャに語った兄イヴァンは、精神の病気に罹ります。この小説の後半にある、幻の紳士とイヴァンとの対話は、現代の精神医学の最先端を凌ぐほど、詳細綿密に書かれた異常な凄味を持った章です。