Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 「ドン・キホーテ<前編・後編>」セルバンテス <読書経験> 1

わたしは、読んだ本は、いつ頃読んだのかよく憶えている方なのだが、この「ドン・キホーテ」については、何歳ころに読んだのかほとんど記憶がない。おそらく、学生時代に読んだと思うが、不思議と内容については、よく覚えている。


まず、岩波少年文庫版の抄訳の「ドン・キホーテ」を読み、だが、それでは「ドン・キホーテ」をしっかり読んだことにならないなと、今度は岩波文庫の「ドン・キホーテ」を全巻通読したのだが、何せ、前編・続編を合わせると、あのトルストイの「戦争と平和」よりも長い。


しかも、続編にはドン・キホーテの他の登場人物がもの語る小説中の中間小説なるものが現れるという始末である。けれども、記憶を辿ると、その中間小説もなかなか面白かったという読後感があるのだが、作家の丸谷才一などは、「ドン・キホーテ」はあまりにも長過ぎて、最後まで読むことを諦めてしまったとどこかで書いていた。これは、人それぞれの読み方があるものだと言っていいのだろう。


ドン・キホーテは、サンチョと旅に出る前に、当時流行していた「騎士物語」を何日も朝晩となく読み耽り、ついに騎士道精神の権化と化してしまった作中人物である。このことは、あまり注意されていないようで、つまりドン・キホーテは、まず多量の本で、頭を焼かれてしまった人物なのである。これは注意すべき点である。


「騎士物語」には必ず登場する、思い姫となる貴婦人は、「ドン・キホーテ」では、ドゥルシネーアとドン・キホーテから勝手に名付けられた田舎娘だが、そのドゥルシネーアをその通りドン・キホーテが強く思う場面は、「ドン・キホーテ」の中でも圧巻の箇所で、その恐ろしく強い思いは、まるで天を貫き、星の世界までにも行ってしまうというくらいなものである。


わたしは、はじめ主人公の心に感情移入しながら読んでいたのだが、その驚くほど真っ直ぐで、どこまでも果てしなく続いていくような熱い思いに、途中からとてもついて行けなくなり、まるで夢から覚めたように、感情移入を止め、客観的に主人公の強い思いを眺めるようにしか読めなかったことを、よく覚えている。セルバンテスの筆力が、おそろしく漲っていると言える箇所である。
                                  <つづく>