「あ」という店があった 電話帳の一番最初に載りたいための 店主苦心の発明だった おかげで店は商売繁昌 店主満足ほくほく笑顔 幸運もたらす店名に 我が意を得たりのしたり顔 ある日電話がかかってきた 「もしもし、あです。」 「アハハハ、そら見ろ、あ、じゃなくて アデスなんだ。」 中学生の悪戯電話 「あ」という名前が気になったらしい ある夜店に帰ったとき 店主ひょっこり気になった 「どうして、あ、なん…
驚きは束の間のこと そう 思いがけず山肌が間近に見えた春の朝 見つめ合った瞳が同時にきらめいた夏の夜 薄の穂がさんさんとゆらめていた秋の夕べ 隣家のピアノがひどく澄んで聞こえた冬の午後 驚きは束の間のこと そう そして古びぬもの
今 桜の盛りです あなたに読んでもらいたい 幾つかの詩がありました けれども もう それは叶わなくなりました あなたの御霊に幸いがありますように では お休みなさい 大岡さん
夜はうつろな吐息を吐いた 父は寝床で病んでいた ぼくは古代を思い出していた おそらくは母の胎内にいた頃の 出来事のことを 朝は透明な叫び声を上げ 船に乗ってやってきた ねつとりとしたこころを 幻想の海に浮かべながら 日が暮れるまで ぼくは一個の知的パロディーだった
目を閉じる 深まる闇に追いつこうとして 時をきざむ針の音 夢を象る鑿の音に似て しばらく あなたの静かな寝息をきいていたい 孤独という言葉が 裸になるまで