かなり以前の記事でも、触れたのだが、リパッティという早逝したピアニストがいたのだが、この人の演奏は、グールドやグルダ、ミケランジェリ、ホロヴィッツと同じくらい、または、それ以上によく聴いている。 この人は、コルトーというピアニストがショパン・コンクールの審査員だったとき、リパッティを第一位に推した... 続きをみる
バッハのブログ記事
バッハ(ムラゴンブログ全体)-
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第六番は、ブランデンブルグの中でも、もっとも渋い、鄙びた曲と言って良いと思う。 編成に、ヴァイオリンが入っていないこともあって、軽快さに欠けた、悪く言えば、鈍重な印象を与える曲である。 わたしは、色々な人の指揮でこの曲を聴いたのだが、その中でも、一番ピッタリと耳に響いたのが、レオンハルトという人の... 続きをみる
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秋の寒さ忘れていたりこのところ 秋なれど残暑ようやく一区切り 秋風や急ぐがごとく泣くごとく 音楽をたとえば風の鳴くごときアートにせしはバッハなりけり
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現在のオリンピックのバッハ会長は、その名前から、音楽家のバッハの血筋の人であるのは、まず、間違いないだろうと思う。 バッハは子沢山で、多くの子孫を残したことでも、有名で、また多くの音楽家を輩出したことも知られているが、肝心の大天才ヨハン・セバスチャンが生前、ほとんど認められなかったことが影響してか... 続きをみる
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わたしは、平均律クラヴィーア曲集は、リヒテルのピアノで聞き初めた。それというのも、吉田秀和さんが「一生持っていて、聴くに耐える演奏」と太鼓判を押している演奏だったこともある。 学生時代だったが、その言葉を文字通り受け取って、これは素晴らしい演奏なんだと、自分に言い聞かせるように、聴いたものだった。... 続きをみる
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前の記事で、カストラートについて少し触れたが、この去勢された男性歌手について、やや詳しく述べてみたい。 ご存知の通り、男は思春期を迎えて声変わりをするが、カストラートという歌手は、この声変わりを人為的に抑えた超ハイ・テナーの歌手である。 声変わりをする前の少年は、女性のような声をしているが、そうし... 続きをみる
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わたしは、この題名の記事は、5、6編書いて終わるつもりだったのだが、バッハに掴まってしまい、なかなか、次のハイドンやモーツァルトまたベートーヴェンに行けないでいる。 思うに、バッハという人は、知れば知るほど不思議な人である。およそ世の中の芸術という芸術というものを概観してみて、このバッハに相当する... 続きをみる
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ヘルムート・ヴァルヒャという盲目のオルガニスト、チェンバリストがいたが、わたしはバッハのオルガン曲は、好んでこの人の演奏で聴いている。 この人は、盲目でありながら、バッハのあの膨大な鍵盤曲のすべてを、暗譜してしまうほどの驚異的な記憶力の持ち主であったが、わたしはそうした理由で、この人の演奏を好んで... 続きをみる
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音楽は、果たして、至上の芸術であるか。 「すべての芸術は音楽になりたかった」というショーペンハウアーのことばは有名で、これに異論を唱える人も少ないようだが、現在、音楽が享受しているこの破格の待遇は、確かなものかどうかを、問うてみるのも面白いかも知れない。 思うに、音楽は、区分けを嫌がる芸術であるよ... 続きをみる
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バッハのマタイ受難曲は、一般に、メンデルスゾーンの初演で、日の目を見た曲と言われている、バッハの真骨頂が発揮された曲として有名であるが、なるほど、世間的にはそう見て差し支えないかも知れないが、初演という歴史的事実については、わたしはその説に、いささかの違和感を持つ者である。 メンデルスゾーンの功績... 続きをみる
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ヘンデルの音楽が、特に合唱などでよく見られる多声的という性質において、素晴らしいものであると、わたしはかんがえるのであるが、個としての感情を、掬いとってくれる音楽であるかどうかとなると、疑問符がつくように感じる。それこそ、プレロマン的な性質であるが、個の喜びや悲しみも、十二分に表してくれる、バッハ... 続きをみる
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西洋音楽史を眺めていると、まるで、音楽はバッハからはじまっているような錯覚を覚えるが、これは、その過去に前例がないくらい、非常な深さと大きな広がりを持った音楽を、バッハという一個人が書いたためで、上記の形容は、単なるわたしの主観的な感想というものではなく、そうした音楽であることを、歴史の過酷な荒波... 続きをみる
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クラシック音楽史を見ていると、不思議だなと思うことがよくある。言うまでもなく、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンというように西洋音楽の伝統は流れて行くのであるが、これは、言わば後付けの、純粋な音楽史的解釈であって、この中で、実際に生前から認められていた音楽家はと訊ねると、まるで、様子が... 続きをみる
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あるクラシック音楽番組で、ベートーヴェンの曲のランキングを、人気投票形式でやっていた。日本人は、相撲の番付のような伝統のある国のせいか、ランキングがともかく好きな国民である。 Excelには、さまざまな関数機能があるが、これは、その人の好きな関数や嫌いな関数に分かれるようである。わたしは、いずれも... 続きをみる
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エッセイ 内田光子のモーツァルト 2 <ヴァイオリン・ソナタ>
内田光子のモーツァルトの演奏は、もっとも良く聴くCDの中の数十枚である。ピアノソナタやピアノ協奏曲の演奏は事あるごとに聴いている。わたしは、この人のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタは一枚しか持っていないが、ズスケのヴァイオリン・ソナタより余程いい。 ズスケの方は、あのいつも真新しいモーツァルトが... 続きをみる
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教会にバッハのオルガン響き渡りアンナは聴くや恋心もて シューマンのあやうき心支えたるクララのごとき妻はいずこに 雨やみて鳥の声する梅雨の入り
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バッハはどこまでもまっすぐで超越的。 ベートーヴェンは入り組んでいて形而上的。 モーツァルトは全方向的で自然、そして、ときに無方向的。 モーツァルトの音楽の形容には、いつも、ピッタリとした言葉に欠ける。
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音楽の父 バッハ 楽 聖 ベートーヴェン 両者とも、なんとよくそれぞれの性情を言い表した言葉だろう。 ただ、もう一人の大音楽家モーツァルトに関しては、どんな通称もはねのけてしまう。およそどのような形容も絶した音楽家であると言える。 こんな大芸術家は他にいない。
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うつつなき世をたのもしと思ほはばマタイ受難を聴くことなかれ カラマゾフ十七の春炸裂す 暑き日の地下への降下罪と罰 真の実在というものに出会いたい それならモーツァルトのジュピターを聞き給え
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十五分ほどのオルガン曲だが、わたしが始めて、バッハの音楽に触れ得たと思ったのは、この曲だった。この曲には、甘く人を酔わせるような音は一音もない。 学生時代、ある本で推薦されていた、この曲のレコード(当時はCDではなく、レコードだった)を買って聞いたときのことは、よく覚えている。いや、はじめて曲を聞... 続きをみる
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シューリヒトの音 いったい、指揮者が変わるだけで、オーケストラの音は変わるのだろうかという根強い俗見があるが、その問いに答える目覚ましい実例が、シューリヒトであると言えると思う。シューリヒトが主に指揮した楽団は、パリ・オペラ座管弦楽団で、ヨーロッパでも一流のオケとは言えない。ウィーンフィルやベ... 続きをみる
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歎異抄 たましいの奥底に墨で大書されたような文言 これはどんな人間のたましいにも応ずる 善人だろうが悪人だろうが 「たとへ、法然上人にすかされまいらせて、念仏して地獄に堕ちたりとも」 「すかされ」という俗語が、肉体的に痛切と言っていいくらいの血の匂いがする なんという奥深さだろうか 親鸞の手振りや... 続きをみる
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グールドの代名詞のような曲だが、グールドのこの曲の演奏がなぜこうも現代人に訴えかける力を持っているのか、わたしには不思議なのである。 まず、このゴルドベルグ変奏曲という曲である。この曲は、バッハの中でも、もっとも長大な鍵盤曲だが、演奏に50数分もかかるというのに、忙しくてしようがない現代人の感性に... 続きをみる
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前に、ビリー・ジョエルのポップスの迷惑だったことを書いたが、このことは、ベートーヴェンについてよく考えるときの糸口になるのではないかと心付いたので、ここに書いてみたい。 わたしはそのとき、「悲愴」の2楽章についてまったく無知であったから、ビリーの声が焼き付いてしまった訳だが、ベートーヴェンの曲は、... 続きをみる
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十五分程度の曲なのだが、学生時代、はじめてこの曲を聴いたとき、そのあまりの苦さに怖じ気づき、再びこの曲を聴く気になるだろうかとさえ疑った曲である。このベートーヴェンの後期の王冠と言われる弦楽四重奏の苦さは並大抵のものではない。シェーンベルグさえ、まだまだ聴きやすいと思えるほどである。 学生時代から... 続きをみる
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西洋文化の女性の視点ということで、よく考えることがある。 卑俗なところから、まず、ベートーヴェンをヨーロッパ随一の美男子としなければ、気の済まなかったこと。バッハについても、その再婚相手のアンナ・マグダレーナが、「バッハの思い出」の中で、申し訳ありませんという調子で「私の夫は、美男子ではありません... 続きをみる
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バッハの音楽は神に捧げられている ベートーヴェンの音楽は人類に捧げられている モーツァルトの音楽は言葉に窮する ハイドンの音楽は美のために スカルラッティの音楽は遊戯のために メンデルスゾーンの音楽は趣味のために シューベルトの音楽は心情のために ショパンの音楽は集う人のために シューマンの音楽は... 続きをみる
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ベートーヴェンの後期の音楽は、わたしはとても、宗教的で西洋音楽としてはエキゾティックな感じを受ける。カルテットやピアノソナタなど特にそうである。 宗教的だと感じるのは、わたしだけではないと思うが、ベートーヴェンの場合は、ある特定の宗教を指向しない、いわば、自由な宗教感情にあふれている。ここが、バッ... 続きをみる