Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ バッハ <パッサカリアとフーガハ短調>

十五分ほどのオルガン曲だが、わたしが始めて、バッハの音楽に触れ得たと思ったのは、この曲だった。この曲には、甘く人を酔わせるような音は一音もない。


学生時代、ある本で推薦されていた、この曲のレコード(当時はCDではなく、レコードだった)を買って聞いたときのことは、よく覚えている。いや、はじめて曲を聞いたときの感動をそのまま覚えているとは、言うまい。それはわたしには不可能なことだ。


むしろ、この曲を聴くたびに感じられる無定形な感動を、どうにか、言葉に移し替えてみようと思うだけである。


まるで、バッハという謎めいた音楽家から「これが音楽だ」と胸の奥に手痛い痛棒を食らい、身じろぎさえ出来ずにいるわたしの頭の中を「音楽とはかくも苦く辛いいものだ」という不思議な感慨に、どうしようもなく襲われ、その音楽としての量感に強く説得される、不手際に言えば、この曲を聴くたびにそうした感動を、ずっと重ねて来たもののようである。


いやと、ある人は言うかもしれない。「最終部分は明るい日が差している音楽ではないか」と。だが、それは報われた喜びではないと、わたしは言うだろう。確かに明るい貴重な日が差すのはわたしも認めるが、それは、虹のような実在性に過ぎなくはなかろうかと。


ともあれ、非常な緊張感に満ちた十五分ながら巨大な曲である。未聴の方は、ぜひ一聴を。