Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 自粛考 <罪と罰のことば>

「人間はどこでもいいが、どこか一つ行くところがなければ適わないものだ。」
これは「罪と罰」の中でマルメラードフという酔漢が、行きつけの飲み屋で、人に絡むときに、口癖にしている言葉である。


ドストエフスキーは、自身の重要な思想を、好んで変人や奇人の登場人物に喋らせる書き方をするのだが、これもその一つで、その人のアイディンティティを表す重要なことばである。


アイディンティティというものを何か、高級なものと勘違いしている人を多く見かけるが、これはまったくの誤解であって、例えば、いつも行く喫茶店や図書館が閉まっている。マルメラードフで行けば、飲み屋が閉まっているとなると、自分自身というものが、自分で分からなくなる危機であって、本人にはとても辛い出来事となる。


現在は、みんながみんなこのアイディンティティの危機に、直面している状態だと言って良い。


「新生活様式」なる言葉が出て来て、流行っているが、わたしは、尾崎放哉の死を迎えるための「新生活様式」を思い出してしまったが、誰か彼か、この放哉流のネガティブなことばに迷わされるとも限らないと思った。


だが、人間は逞しいものである。新生活様式などという格好を付けた言葉に迷わされずに、人はその人に似合ったアイディンティティを見つけることだろう。


卑俗なところからで、構わないのである。