Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 秘伝について <聖と俗>

芸術上、あるいは宗教上に伝えられるものとして、秘伝というものがある。禅の教外別伝などは次元の違う考えで、混同してはならないが、この秘伝というものの正体はそのほとんどが俗なものと言っていい。


能にも秘伝がある。このことは世阿弥が風姿花伝の中で、はっきりと書いているが、芸の妙味というものは、能に通じていない普通の人ではなかなか味わえないもので、そういう輩が増えてしまったら、能そのものが衰えてしまうだろう。だから、普通の人でも分かるような簡単で、驚かせるようなものを残して置く。それが秘伝である。


宗教上の秘伝もこの考えに、非常に近く、秘伝だといわれるものを見てみると大概が人々の耳目を驚かす、俗っぽいものに過ぎないものである。


関孝和は、微分法を秘伝としたが、これは和算という職業上の理由からで、同列には論じられない。


芸術上、宗教上の秘伝を聖なるものとして、信じ切る人もいる。だが、秘伝が俗なるものを内に蔵していることを心得て置かないと、雅と俗、聖と俗との間で、その人は引き裂かれることになる。その矛盾を覚悟して生きる人は尊いとも言えるが、なかなか普通人には及ばないことである。


ベートーヴェンのように、通俗なるものと聖なるものを統合してしまった偉い音楽家もいるが、これには、稀代の天才を要する。ちなみに、クラシック音楽には、秘伝などというものはないということ断っておきたい。