Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 地獄というもの

江戸時代の人々は、地獄などというものを信じていなかったと言われることがよくあるのだが、これは、人々が、宗教的に啓蒙されたからというわけではなく、江戸時代に、国教として採用された儒教は、死後生について何も語らない教えであったことに由来するのである。


儒教は、おもしろい教えで、全人的であることは宗教に似ているが、絶対者というものを置かない。現世の社会に、そのまま根ざした教えで、帰依も信仰も必要としない。つまり、宗教ではない教えなのである。


それはそれとして、題名に掲げた地獄であるが、ご存じの通り、キリスト教や仏教、その他の宗教では、死後生を重視し、天国や特に地獄の存在を強調する。


日本の西行法師には、当時の地獄絵図を見て、心底、心が揺すぶられた思いを綴った和歌が何首もある。


もちろん、西行は法師で、仏者であるからという理由にも拠るが、これは当時の人々の、死後生に関する共通の思いであったろうとは、察せられるし、また、その思いも至極、真面目なものだったのである。


とすると、どうであろうか。儒教という教えが取り払われた現在、地獄という思想は、今も
その価値を、少しも、減じていないと見て良いのではないか。啓蒙ということば自体が古びてしまった昨今である。


思うに、地獄というものは、人間の誕生とともに古い。そう易々と、消え去るものではないようである。