Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ 河合隼雄さんのこと

二十数年前のことだが、河合隼雄さんとは、一回だけ会って話したことがある。


東京で、河合隼雄さんの講演会があり、その打ち上げが行われるという情報を耳にして、会場に駆けつけたら、果たして、河合隼雄さんがいた。


背が高く、上にも横にも幅のある人だなと思ったのが、第一印象だった。


河合さんは、ある人と熱心に話していて、わたしは、その横で、会話が終わるのを見計らっていた。


わたしは、そのとき、河合さんが出版した本のほとんどを読んでいて、どういうことを言えば、河合さんが喜ぶのかも知っていた。


ただ、講演会の打ち上げということもあり、わたしはかなり酒を飲んでいて、後で、あんなに飲まなければ良かったと、千載一遇の機会を逃してしまったなあと思ったものだった。


河合さんが一人になったので、わたしは素早く、河合さんの元に駆け寄り、
「先生の書いた本は、全部買って、全部読んでいます。中でも、『明恵、夢を生きる』に、もっとも感銘を受けました。」と語った。


このときの河合さんの嬉しそうな顔と言ったら、無かった。そのお顔は、じつにハッキリとわたしの記憶の中に、刻み込まれている。


そして、わたしが、そう言った途端、河合隼雄さんは、名前の通り、じつにすばやく、やや横向きに屈み、わたしの話を聞こうとする体勢をとった。


わたしは、このとき、本当にドキマギしてしまい、酔った頭で、河合さんが何も話し出していないのに、「お話ができて光栄です。ありがとうございました。」と言ってしまった。


言ってからが、痛恨の極みだった、もっと、色々と話ができたものだったのにと、後で、とても、悔しく思ったものだった。後ろには、もう一人御仁が控えていたのである。けれども、あのうれしそうな笑顔を見られただけでも、収穫ではあったと、自らを慰めてはいます。