Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ バッハ 平均律クラヴィーア曲集 <リヒテル>

わたしは、平均律クラヴィーア曲集は、リヒテルのピアノで聞き初めた。それというのも、吉田秀和さんが「一生持っていて、聴くに耐える演奏」と太鼓判を押している演奏だったこともある。


学生時代だったが、その言葉を文字通り受け取って、これは素晴らしい演奏なんだと、自分に言い聞かせるように、聴いたものだった。


断って置かなければならないが、吉田秀和という人は、その著作を読んでみれば、明らかなのだが、まず、大袈裟な表現というものをしない人である。大袈裟なことを言いそうになったときでも、表現を、しっかりと抑制する人である。


そういう人が、先に述べたようなことばで、賞賛した演奏である。わたしは辛抱強く聴いていたのだが、リヒテルの楽曲に対する、とてもロマンチックなアプローチの仕方には、どうしても付いて行けず、実際、ある箇所では吐き気さえ催してしまい。我に返ったというところであった。


それで、吉田秀和さんとわたしとは、音楽を享受するその在り方が、抑も、違っているんだということを、身に染みて感じた経験であった。わたしはそのことで、吉田さんを非難するという気には、まったくならなかった。今でも、あの謳い文句は、吉田さんの真正のことばとして、受け取っているくらいである。


そうして、今、平均律を聴こうとすると、どうしても、リヒテルには手が伸びない。グールドかグルダの演奏を好んで聴く。また、チェンバロだが、ヴァルヒャやレオンハルトのも好んで聴いている。


違いというものを、自分自身の中で、受け止めること。音楽は、生きる上で、大切なことを教えてくれる芸術であるとも思う。