「歌行燈」泉鏡花
夢幻的なロマンの作家、泉鏡花の代表作です。鏡花は怪奇でグロテスク好みの趣味を持っていましたが、同時に、純粋で高貴なものへの憧れを終生失わず抱き続け、その純潔な心情は、作品の芯を銀線のように細く、けれどもくっきりとつらぬいています。独特な蛇がのたうつような文体を用い、歌舞伎のような華麗な世界を作り上げ、読む者を心の底から幻惑させます。この「歌行燈」では、グロテスクな怪奇趣味はずいぶん抑えられていますが、その分、鏡花の鋭敏でこまやかな心情の動きが、はっきりと手にとるように伝わってきます。「膝栗毛の、弥次郎兵衛が喜多八とはぐれて、天涯孤独の頼りない身になるところ。あそこを読むとほんとう心底泣けてきます」。ふざけていたいい大人の一人が、旅の連れのもう一人の男とささいなことで仲間割れしそうになったとき、こういうせりふが出て来ます。他にも、思わずうなりたくなるような名文章、名場面が出て来ます。鏡花畢生の名作です。
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