Toshiのエッセイと詩とおすすめ本と絵などのブログ by車戸都志春

文芸を中心に、エッセイやおすすめ本の紹介文、人物画、写真、現代詩、俳句、短歌などを載せたブログ。by:車戸都志正

エッセイ モーツァルト クラリネット協奏曲 K622

吉田秀和は、この曲について、ある人の言ったことばとして「心はたしかに踊っている。ただ、それは喜びのためではない。」という文章を寄せている。


わたしには、これほど矛盾した性格が、何の苦渋も見せずに、自然と一丸となった曲は、他にまるでないように思える。無理に言ってみれば、明るい暗さ、軽快な重さ、死と同義の日常、言語で表現すれば、こんな異様な語義になってしまうようなものが、奇跡的になんの破綻もなく、同居している。


しかも、荘子に見られるような、体の否定もない。荘子に見られるのは、文体の否定であるが、それは例えば、次のような文章になる。「白い犬は黒い。」と。


このような、言語体系を内部から破壊しようとする、矛盾そのものを、あからさまに表現した文章は、そのまま鬼面人を驚かすようなつまらない根性を、底に隠し持っているもののようであるが、モーツァルトの音楽には、そんな卑しい心根は、どこにも見られない。


この異常な美しさは、およそ、モーツァルトのみが到達し得た、芸術上の奇跡である。