中国人顔や朝鮮人顔というものはあるが、日本人顔というものはない。これは、専門家の間では、常識になっていることで、日本人は、北方民族や南方民族やら色々な血が混じっていて、顔については、これという特徴を持たない面白い民族である。 中国人顔の平ぺったさや、朝鮮人顔の目の吊り上がりのような、特徴的なものが... 続きをみる
武士道のブログ記事
武士道(ムラゴンブログ全体)-
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ドストエフスキーは、読者がおよそどの位の時間で、自分の小説を読むのかを、勘定に入れ、その上で、時間感覚を自分流にねじ曲げて書くという、離れ業をやってのけている。 ○ 武士道は他の思想<これは外来種であっても良い>の、いわば急所となる本質的な部分を、取り入れながら、発展していくという極く稀... 続きをみる
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ままならぬ世間と言えど直向きに情理を尽くし語らふ人よ 武士道に芯はあらざりサムライの心そのまま仕うるが良き
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幕末から明治期にかけて活躍した勝海舟と榎本武揚を批判した書です。「痩せ我慢」とは、武士道を福沢流に言い換えたもので、これ以上、武士道を下落させる必要はないという、きっぱりとした言葉です。福沢は勝と榎本の両者を、旧幕臣の身であったにも関わらず、新政府の仲間入りをし高禄を食んでいるとは何事であるかと批... 続きをみる
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理念というものは、取り除けを許さない。言葉通りというのが、その本来の姿である。この理念を、日本史上、最初に行動に移した人間をかんがえてみると、信長に思い至ると思う。 信長という人間は、言葉数は少ないが、彼の下した命令は、絶対で、言葉通りであって、少しの取り除けも許さない。戦国の世にであったとしても... 続きをみる
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武士道は、歴史的に見て、非常に発展性のある思想である。これは格別なことといって良く、世界的に見ても稀な思想と言って良いようである。 思想というものは、深くそれを考察するとき、原点に戻るのが本来である。キリスト教でもイスラーム教でも仏教でも儒教でもその原理は変わらない。言わば、最初にすべてが所与され... 続きをみる
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2018年サッカーW杯 日本対ポーランド戦での、日本へのブーイング試合。 あれこそ、本来の、古風な意味合いでの「やまとだましい」「やまとごころ」を持った日本侍選手たちの試合なのである。 「武士道」とは、だから、定義するのが、まったく困難な、じつに含蓄に富んだ言葉なので、一種の精神主義とは、一線... 続きをみる
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一時期、「ラスト・サムライ」という映画が流行ったことがあった。わたしは流行りものは敬遠する性質で、未だに、その映画は見ていない。 わたしが思ったのは、内村鑑三が「代表的日本人」の中で、西郷を評して「最後にして最大の武士」と言っていたのを、記憶していて、そのことを、あれこれとつらつら思い巡らしたので... 続きをみる
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著者の新渡戸稲造は、元五千円札の肖像になっていた人物です。新渡戸は明治期、国際的に活躍した日本を代表する人物のひとりです。日本の精神文化を海外に紹介することに尽力し、「武士道」はその活動の中から生まれた国際的な評価を得た書物です。 海外の人に向けて書かれたために、原文は英文になっています。「武士道... 続きをみる